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仕事をたのしくするコツ / 2005年6月(設立5周年記念講演会)

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仕事をたのしくするコツ
大久保 寛司 氏

 みなさん、こんにちは。今日は「仕事を楽しく」ということですが、もう茨城も6回目ともなると完全にネタ切れしていて、何をしゃべっていいか分かりません。

『会社はなぜ変われないか』という超ベストセラーの本を書かれた経営コンサルタントの柴田昌治さんという方がいらっしゃいます。その方からちょっと話がしたいということがあったので、実は先日、セミナーの間におじゃまさせていただいて懇談させていただきました。その時、休憩時間になったら新潟の市役所の方、女性の方が来られて、手に持たれているのがここでお話した時の講演録なのです。それにマーカーを引きながら読まれている。それで大久保というので、へ?というので見て、「これ、あなたですか?」ということで、「実は市役所の中で回覧して評判になっています。是非来ていただきたいと思っていました」と言うのです。

その時、もう一言こう言われたのです。「大久保さん、インターネットの中でいろいろな講演録が出ていますね。茨城のがいちばん読み易いですね。」このような具合ですから茨城で講演するのは、僕にとっては大変なプレッシャーなのです。今日も鬼澤さんの奥さんがそこにお見えになっていますが、いつも奥様に講演録を作っていただいているのです。それこそ奉仕でやっていただいているわけですが、その中身の質が高いということで、評判が高いというのは話す方にとってはきついかなという思いです。

 私自身は単発の講演も少しはさせていただいておりますが、ほとんどはセミナーです。セミナーでも講演でも、正直申し上げて前日どうしようかと悩んだり考えたりすることがまるでないのです。良くも悪くもないのですが、水戸に来る時だけは前日寝つきが悪いと…。本当なのです。なぜかというと、ここに来る時だけ毎回準備するのです。セミナーの常なのですが、準備した時の話というのは面白くないのです。ですから準備しながら、その準備したものをどう壊して話していくかという挑戦を毎回させていただいているような場です。これは意味がなかなか通じないと思いますが、簡単に言うと、大変な思いで来ているという、そういうことなのです。講演録がきっちりできているので、できたらその講演録を読んだときに読み易い形で話したいな、小見出し、大見出しがあって、大げさに言えばそのまま本になるような、というようなことまで考えてやると、結局できないということになってしまうのですが、実はそこまで考えて毎回こちらにおじゃまさせていただいています。昨日も夜中考えて、結局考えつかないでやめたのですが、今日の電車の中で一所懸命考えてきました。


仕事を楽しむ

 「仕事を楽しむ」、この言葉をちょっと考えてみてください。これは何かと言うと「楽しい仕事をする」ではないのです。「仕事を楽しむ」のです。

 ちょっと最初に質問させてください。「私、今、仕事をしていて楽しい。」もちろん日々のばらつきがありますが、エイヤで、雰囲気で結構です。A、B、Cランクでいきましょう。Aは結構楽しんでいますよ。Bは楽しかったり、楽しくなかったり。Cというのは楽しくないな。一つDも作りましょうか。辞めたい。この4ランクでちょっと挙手を…。大体どういう感覚の方がいらっしゃるのか、全員Aだったらもう今日は終わりたいなということでやりたいと思います。

 はい、じゃあ、私はもう日々仕事をエンジョイしていますよ、Aですよという方?はい。多いですね。その方たちにはほとんど今日は参考にならないですね。楽しかったり、楽しくなかったりのBだという方?大体日本人は真ん中が好きなので…。もうほとんど楽しくない、Cだという方?Dは上司と一緒に来ていると手を挙げられるかどうかというのがちょっと難しくなってしまいますが、私はDで、もう辞めたいぐらいだという方いらっしゃいますか?ああ、いらっしゃいますね。ここで堂々と挙げる人は本当にDかどうか分かりませんが…。分かりました、大体Bだということですね。

 ではちょっとご自身で振り返ってみてください。どうしてそうなのかなということです。楽しい時も多分おありになるのでしょうし、そうでない時もある。どうしてそうなのかなということを考えていくことによって、ひょっとしたら仕事を楽しくやっていくということのヒントが何かつかめるかもしれません。もちろん今日は個々人お一人おひとりに合致したお話はできません。全体を通してということになってしまいますので、その中で一つでも二つでもこれだなというものをおつかみいただければというふうに思います。


 まず最初に、今日はちょっと私としては珍しく論理的に話をしようと思っています。今、鬼澤さんが笑いました。なぜ笑うか分かります?いつも論理性がないのを彼はよく知っているからです。そういうことができるのかという何とも言えない笑いが起きたわけですが、そこに挑戦したい。何を申し上げているかというと、今日の話は結構つまらないですよということです。論理性を持って話すと面白くありません。ですから今日は、大久保の話は面白いということを聞いた、それで私は来たのだという方には大変申し訳ございませんが、今日はつまらない話をします。ただし受け止め方ではひょっとしたら参考になるかもしれないという話です。


 最初に、仕事を楽しくやるためには、いわゆる「思い」というかメンタルな面と、「自分自身の仕事力」というのと大きく二つの側面があると思います。最初に仕事力を高める、やはり仕事がまるでできないとつまらないです。ですから具体的にもっと仕事の質が高まるとか、スピードアップするとか、そういう観点でのいくつかのヒントをちょっとみなさんにご提供できたらと思っています。実はそのカテゴリーだけでも、本当は3時間から5時間ぐらいじっくりやり、それを数回やるぐらいのプログラムはないことはないのですが、そこまではできませんので、そこらへんを少しずつかいつまんで、やはり仕事ができるようになるという観点をひとつ最初にご紹介したいと思います。


仕事ができる人の共通項目

「自分自身の能力と仕事量、総量を見極めた上で、仕事を引き受ける」

 まず周りを見て、仕事ができる人、いまいち、あの人はだめだなという方がどんな組織にもいらっしゃると思うのです。仕事ができる人というのはどういう特徴というか共通項目があるかというのを、ちょっとお考えいただいたらいいと思います。

 まず仕事がだめで下手な人で、優しい人の典型は、人から頼まれるとどんどん引き受けます。自分の能力をオーバーしていようが何しようがどんどん引き受けてしまう。そして最後にどうなるかというと、「できませんでした」となる。これはよくあります。

これはどうしてそうなるのか。もしこの中にそういう方がいらっしゃったら、それは断るときに相手に嫌な印象を与える、その嫌な印象を与えたくないということで最悪の印象を最後に与えてしまうわけです。すなわちできないという結果になります。

この場合はどうしたらいいかというと、「自分の今の仕事量はこうなっています。ここまではできません」とか、「その日までは無理です」とか、やはりきっちりと断る、もしくはできる範囲を提示するという仕事の姿勢が大事なのです。

仕事をやっていくときに、できる人というのはやはり信頼できる仕事をしているということです。信頼できるということの一つは期間です。予定どおりに、日時どおりに仕上げるということもあるでしょうし、その中身というのもあるわけです。特に日時という観点で考えた場合に、やはりできる、できないをきっちり判断した上で、相手に「ここは無理です」、「ここまでならできますよ」というような、そういう形をされるといいと思います。

お人好しの方はどうしても、どのようなことを頼まれようともイエス、イエス、イエスで引き受けてしまうのです。ノーと言えない。そして最後に全てがノーになってしまう。これはもう最悪ですから、まず自分自身の能力と仕事量、総量を見極めた上で、仕事を引き受けるというようなことは基本ではないかと思います。


「説明能力」

それからやはり仕事をしていて大事なのは、例えば「彼はパフォーマンスがうまいからな」ということを言う人がいます。パフォーマンスはうまい方がいいに決まっています。「パフォーマンスがうまいからな」と言うのは、厳しく言えば自分が無能だと言っているだけなのです。羨ましいと言っているだけです。自分もそうなればいいのです。

仕事をしていく上で一つ大事なのは、説明能力というのは要るのです。いわゆるプレゼン能力と言いますか…。プレゼン能力と言うとちょっと違います。感覚的にちょっと違うのですが、やはり自分の思っていることとか考えていることをきっちり伝達する能力というのは絶対に要るわけです。

ただし、もちろん人によっては、1しかやっていないのに10説明する人がいます。それは行き過ぎです。でも10やっているのに1しか説明できない人がいます。これはやはり10までいかないまでも8とか9とか、やはりあるレベルまできっちり説明できる能力というのが必要だと思います。


例えば私自身は今、このようにみなさんの目の前でお話しをさせていただいています。昨日もセミナーを夕方から夜にかけてさせていただきました。午前中は実はIBMでビデオ撮りをしていました。

ちょっと話がそれてしまいますが、あの会社も面白くて、私は以前IBMという会社にいたわけですが、そこでこの間7本のビデオを撮りました。実はそれをみなさんに勉強していただいています。日経ビジネスにちょっと出ていましたが…。

それ以外にもまだ幹部社員以外、いわゆるマネージャー職以外の方に対していろいろな観点でレクチャーしようということで、実は昨日、5本ほどビデオを撮りました。それが事前準備なしなのです。テーマだけしか与えられなくて、大体考えた時間は3分ぐらいです。それですぐにカメラに向かってしゃべる。これはあまり苦にならないというか、できるのです。もちろん講演なんかは今ほとんど何もなしです。大体皆さんの顔を見ながら…。

昨日の夜のセミナーは病院でした。ある有名な病院ですが、そこのマネージャー職全部に集まっていただいて、セミナーの内容、話の内容というのが全く浮かばなかったので、相手の顔を見ながら二つ、三つ質問させていただいて、その反応を見ながら、このテーマでいこうということでやっていく。ですから事前にこちらでテーマと説明内容を決めて押し付けで説明するのではなく、まずは相手がどんなことで困っているのか、どういうことを期待しているのかというのをきっちりその場で把握して、そこから展開していく。それで3時間ちょっとさせていただいたのですが…。

今はこういう形で、何も準備しなくてもある程度できるようになりました。でも最初の頃はどうだったかと言うと、やはりできないのです。ですからIBMにいた時に管理者研修をして最初にプレゼンというか説明をする時、当時だとまだパソコンのパワーポイントとかはなくてホイールです。透き通ったホイールに書きます。あのホイールをきっちり用意して、実はそのホイールの一枚ずつについて何分というところまで入れました。30枚のチャートに対して、1分、これは3分、これは5分、分単位で入れました。そしてつなぎの言葉も全部入れました。すなわちチャートからチャートへ移るとき、「ということで」と…。説明の下手な人というのはつながっていかないのです。ブツッ、ブツッと切れてしまうのです。これは説得力、説明能力がやはり弱いのです。ですから次から次へ飛ぶときに、どういうつなぎの言葉を入れるか全部考えました。そして手元にリストアップしておきました。

渋谷の経営品質協議会でも、初期、立ち上げの頃から随分例会をさせていただきましたが、私の手元にある資料を見られた方は、多分多くの方はびっくりされます。ここまで用意されているのか!そして何も用意していないような雰囲気でしゃべるわけです。

ですから実際としてはアヒルの水かきをやっているわけです。すなわち水の中の見えない所の足はものすごく回転させている。でも出ている部分はスーッと動くという…。人によってはこれを逆さまにやっている人がいます。顔が潜って、足だけバタバタやっている。これは非常にみっともない格好なのですが…。

実はそういう段階を相当経てきて、だんだん何も手元になしでしゃべれるようになったのです。ですから「大久保さん、しゃべりをうまくやれとか、説明能力をつけろと言ったって、それはあんた生まれつきでしょう。」全然生まれつきではありません。トレーニングしたのです。

もっと申し上げれば、私は人前で話ができる人間ではなかったです。中学まで全く人前でしゃべれませんでした。どうしたのか。高校の時に自分なりに人生を考えました。人前でしゃべれないような人間で、将来社会人になってきっちりやっていけるのかなと高校の一年の自分で考えたのです。バツがつきました。これはだめだ。どうしたかと言うと簡単です。しゃべる練習をしました。学校の行き帰りに、電車の中でも、道路を歩いている時もしゃべる練習をしたのです。周りから見ると非常に不気味だったと思います。歩いている時に手を動かしながらしゃべるのですから…。時々恐いじゃないですか。そういう方が電車の中で、空に向かってウーウー言っている、あの感覚です。ですから比較的私の周りは常に空いていました。何を申し上げたいかというと、そういう形でトレーニングをします。

テープレコーダーに吹き込んで、自分自身の話し方を聴くとか、相当やりました。それから鏡の前に言ってしゃべる練習。先ほどの、最初に社内で幹部社員を前にしゃべる時に30枚資料を用意した時も、全部そのまま1時間半、全部しゃべるのを数回練習しました。そのくらいやったのです。その練習量の時間というのは、自分で言うのも何なのですが、相当やっているのではないのかなと思っています。

そういう積み上げで今は何も準備に時間をかけることなく、今日はこのモジュールを使えばいいかな、今日聴かれている方はこういうところに特に興味をお持ちだなというのを読みながらやるようにはなってきました。ですから決して最初からそういうことができるような人間だったわけではなくて、あくまでもトレーニングです。

それからこれはここ1、2年で自分自身で身につけたことなのですが、今日もビデオを撮っていますが、自分でしゃべるときに、どんなスタイルで、特に講演の時よりはセミナーなのですが、やり取りしているかを、ちょっと面白いことを申し上げますが、第3の目で見るということを意識しています。すなわち自分で意図的にあそこらへんにカメラを起くのです。そして自分を眺めるということをやっています。ちょっと分かりにくいかもしれませんが…。

これは私自身ビデオを撮っているというより、こういう場でビデオをよく撮っていただくので何百本もあるわけです。そのビデオをいくつか自分なりに検証して見ていますから、どんなスタイルでどんなトーンでしゃべっているかというのがある程度イメージできます。 

最初にビデオを見たときは本当にショックでした。自分の声を聞いただけでも多くの人はショックです。私もショックでした。ましてやビデオを見たときには本当に人前でしゃべりたくなくなりました。簡単に言うともうちょっとスタイルが良いと思っていました。足と胴の比率なんですが、鬼澤さんぐらいかなと思っていたら、その半分ぐらいだなというのが実態だとその実態を認識した時の苦しさといったらなかったです。まあそれが事実なのです。それを客観的に見ることによって、自分自身で意識を持って説明の仕方であり、何であり、向上させていくということができるようになるのです。ですからそこら辺のこともご自身でトレーニングしながらやっていくというようなことをされたらいいのではないかと思います。


「段取りがうまい」

それから具体的に仕事をやっていくときに、みなさんももう当然かもしれませんが、仕事が下手な人というのは段取り、スケジューリング、準備をきっちりやっていくというのがきわめて下手です。簡単に申し上げると、仕事をやっていくのに直列でやってしまうということです。こういう格好でやる。ご承知のとおり上手い人というのはこういう格好で並列してやっていきます。ここはもうどうしても時間がかかってしまいますし、トータルで時間がかかりすぎることは仕事の質を決して高めることはできません。

これは段取りです。いわゆる仕事の進め方です。この段取りを良くする簡単な方法の一つは、徹底してメモを取るということと、自分で常にスケジュール表を眺めるということです。多分みなさんもスケジュール帳、手帳をお持ちですね。例えば何かの待ち時間にちょっと5分、10分空いた、20分空いた、電車に乗って何もすることがないというときに、自分自身のスケジュール表を見ることをお勧めします。ずっと先まで…。そうするとさかのぼって、今やれば1で済むことが後日、翌日、3日後には気が付いたら10やらなければいけないということがありますよね。これはもう、こんな話でしたら山のようにたくさんあるわけです。

やはり段取りの上手い人は、先に先にやれるのです。下手な人というのは全部後付になります。後付というのはものすごく生産性が悪いです。ですから一つの仕事をイメージしたときに、こうなっていくな、こうなっていくな、これをしなければいけない、あれをしなければいけないというのがイメージできます。そのときに今持ってきて、今できることをどんどんこなしていく人というのはやはり段取りの上手い人であり、仕事力のある人です。

それを仕事力のない人は、その都度、問題になる都度まさに後追いでやっていく。これは申し訳ないけれど、やはり仕事のできない人というふうに見られてしまいます。

ですから常にスケジュールを自分の頭の中に入れながら、先に、先にやっていくということを考えられたら良いと思います。


「今すぐにやる」

それから私自身がいくつか意図的にやっていることの一つは、どうしてもあの人と話をしなければいけないというとき、それが嫌な内容だというときがあります。特に組織の中で働いていたら多いと思います。困っちゃった、どうしよう。言いにくいな…。このときの私の基本原則は何か。言いにくいと思った瞬間、今すぐ言え。これ、やりたくないな、後回ししたいな。今すぐやれ。

すなわち嫌だと思ったことをその場、その場でその瞬間こなしていくということをやったらば、トータルでものすごく仕事力というものが高まっていきます。

その嫌なことを溜めます。言いにくい。そしてその日もっと嫌なことが出てくるとこれを忘れてしまうのです。人間というのは嫌なことや苦しいことがあっても、もっと苦しいことがあると忘れてしまいます。溜まっていくのですが、決して消えていくわけではありません。

そして嫌なことがたくさん溜まっていって、すなわちやるべきことだけど嫌だなと思うこと、言わなければいけないのに言えていないこと、こういうことが溜まっていくとどうなっていくかというと、夜中にえもいわれぬ恐怖心に襲われることが出てきます。すなわち何となく精神的にグーッとプレッシャーを受けるわけです。それはやるべきこと、やらなければいけないことが溜まっているからです。

みなさんもそういうご経験がないでしょうか。何か忘れているのではないか、そう言えばあれもやっていないな、これもやっていないな。それじゃ、すがすがしく寝るか…。これは難しいと思います。

もし寝る前にそういうことを思ったらどうするか。すぐやることをリストアップします。必ずリストアップします。なぜかと言うと、その気になっても、寝て翌日になったら忘れている可能性があります。やはり気になることは常にリストアップする、メモを取る、そしてそれをきっちりこなしていくという、そういう仕事の進め方の姿勢を身につけられるとものすごくいいと思います。

気になっていることがいっぱいある。例えば一つ何か何となく悩みがあったとしましょう。解決方法の一つは、僕の場合は紙に書きます。頭の中で考えるというと消えちゃうんで、紙に書くのです。それの本当の阻害要因は何なのか、どうすればいいのか。そのどうすればいいんだというのを書きます。それが本当に良いのかというのをその文字を見ながらいろいろな角度から眺める。

すなわち物事を考えていったん問題を詰めていくときに、頭の中ではなく書きながらやるということをお勧めします。すなわち場合によっては絵にして問題を整理していくというようなことをされることをお勧めします。

絵に描いたり、書きながらやるというのは、他人とのコミュニケーションのときもそうです。物事を頼むときとか受けたときに、下手な人は口頭のみでやります。必ずコミュニケーションギャップが出てくることがあります。そんなつもりで私は言っていない、私は聞いていないというのがいっぱいあるわけです。文字に書いて「これでいいですか」と確認をしたら、そういうミスが必ず少なくなります。


「正確に確認する」

またここで大事なことは、多分あの人の言ったことは、例えば上司の言ったことはこういうことだろうということで、仕事の下手な人は推測、憶測、希望的観測で仕事を進めます。あやふやな場合はどうするか。たった一つです。本人に正確に確認することです。

 確認するというのは特に日本人は下手です。なぜかと言うと、それによって精神的に嫌な印象を与えるのではないかというところから、ともかく調和を重んじる民族ですから、嫌なことはお互いに言うまいという民族特性がありますから、これはある意味では非常に尊い、大切な文化だと思いますが、仕事をやっていく上ではこれは時としてちょっとマイナスになるわけです。ですからあやふやなことは必ずきっちりとその場で確認するということをお勧めします。

 仕事の下手な人というのはほとんど推測、憶測でやります。そしてやり上がったところで、頼まれた人から「そんなことは頼んでないよ。」

 例えばみなさんの中にも、一所懸命やっているのに「やった結果が違うよ、私は言っていないよ」ともし言われている方がいらっしゃったとしたら、やはり自分の思い込みや推測で仕事をしているからそうなってしまうのです。

ですからそれを避ける方法というのはきわめて簡単で、こういうことでよろしいですかということをきっちり文章にして相手に渡す。 逆に今度頼むときは、文書にして渡すということが大事です。下手な人は口頭でやります。上手い人は口頭で説明しておいて、「分かりましたか、要はこういうことですから」とその後メモを渡す。これは非常にきっちり伝わっているわけです。このメモのやり取りが上手いというのは、仕事力の高い人の一つではないかと思います。


 今申し上げていることというのは全部特殊な能力ではありません。要は意図的にちょっと注意を払ったらできることばかり申し上げているでしょう。特殊な能力で、そこまで人として能力をつけないとできないという仕事の進め方を申し上げても、それは難しい。ですから今日申し上げているのは、その気になったら、明日からすぐにそのやり方をすれば仕事力が高まる内容をいくつか紹介させていただいているわけです。


「本音を見抜く」

 それから大事なことは、仕事をやっていくときに本音を見抜くということが大事です。たてまえのやりとりを鵜呑みにしていると、これはやはりどうしても仕事がうまくいかないことがあります。

本音を見抜く方法として、本当は本音を見抜くというだけで1~2時間いろいろなお話をさせていただくといいのですが、本音は言葉ではなくて行動を見る、動きを見る。簡単に言うと、別の言葉で言うと足を見る。足を見ると分かりますということなのです。

すなわち例えば今度こういうセミナーがある。「是非行きたいと思っている。何とかして行くよ。」そして行かなかった。実は行きたくなかったということが多いのです。もちろんどうしようもなく、上司からの命令で行けないケースはありますが、人の本音というのは言葉ではなくして行動で出ます。動きで出ます。別の言葉で言うと、何に時間を割くかということで分かります。

例えば経営品質、CSという観点で考えたとき、多くの企業、トップの方はCSが大事だ、お客様が大事だということを当然言っていると思います。それではそのことに関して自らどれだけ時間を割いているか。例えば社員教育が大事だ、人の育成が全てだと言っているトップもたくさんいらっしゃいます。じゃあその幹部が研修している所に直接足を運んでいるトップは何人いるでしょうか。「それは彼らに任せてある。」「私はお客様の方へ…。」「私は別の方へ…。」多いです。

どんな理由を言おうと、所詮人と組織というのはいちばん大事なところに時間を割くのです。それだけなのです。だからどこにその人が時間を割いているかということを見ると、ものすごくよく分かります。

例えばある人に仕事をお願いする。「分かりました。大丈夫だと思います。私はいつもあなたのことを大事だと思っているからやります。やります」と言いながらなかなかやってくれない。その人に「なぜやってくれないんだよ。大事だと思っていないな。」「いや、大事だと思っています。やるように努力します」と言いながらやらないケース。理由はただ一つ、優先順位が低いのです。その人にとっては大事じゃない。

そうなのです。ですから大事だという言葉を鵜呑みにしてはいけなくて、相手の手足の動きを見ろというのはそういうことです。それを見ると本音というのが見えるのです。


かつてこういうことがありました。私自身の会社の中での体験ですが、現場からあることをやってほしい、なかなかその部門がやってくれないという話があったわけです。北城さんという当時の社長さんが、「とにかくいろいろ困ったことで、どこでも拾ってくれない課題は全部大久保さんの所に投げろ」ということを幹部研修で言っていたものですから本当に落ちてくるのです。

その時の話がすごく面白かったです。その部門の担当者の所に話を聞きまして、「これこれのことをできるようにしてください。これはお客様のご要望ですし、また会社にとってもメリットのある、売り上げの上がる内容ですから是非お願いします。」それに対して担当者の言ったことは、「いや、それはできないことになっています。」「なぜできないんですか?」「それをやるには会社の定款を変えなければいけません。」そういうふうに言われたので私は「じゃあ会社の定款を変えるようにしてください。」相手はカーッとなって怒りました。「会社の定款を変えるっていうのは役員会を通さないといけないんだぞ!」と言って怒るわけです。「分かりました、役員会を通してください。」最後は何と言ったか。「ふざけるな!」と言ったのです。僕は全然ふざけていないですよ。お願いしているだけです。

これは何か分かりますか。これを氷山だと思ってください。上に出ているのは5~10%、これが表面の意識と同じだと言われています。潜在意識というのは90~95%です。こちらの方で定款を変えなければいけない、役員会を通さなければいけない、縷々事情を述べている。本音の本質は何を言っているか。動きたくないのです。やりたくない。そんなことは放っておいてくれというのが本質、本音なのです。だから動こうとしていない。その人は何もやろうとしていないでしょう。この場合結論から言うと、その人の上司に話したら定款を変えなくてもすぐできました。

ここから言えることは、やれない理由を縷々述べる人、それに対して大切なことは、やれない理由が三つ出てきたとします。仕事の上手い人はこれを潰すでしょう。必ず別の理由が出てくるのです。なぜかと言うとやりたくないから。この場合はこの理由を潰すこと自身がまるで意味のないことです。すなわち相手の本音はやれない理由を言いたいことではなくて、やりたくないと言っているだけです。これが本音を見抜くということです。

仕事をやっていくときにそこら辺を身につけると非常に生産性が高くなります。あ、この人と話してもムダだ…。みなさんもご経験がおありになると思います。


そうするとこういう意見も出てきます。「大久保さん、そうは言ったってこの人に動いてもらわないとどうしようもないのよ。」分かりました。その場合はどうするかと言うと、その人を動かせる人を動かすということです。直接やって動かないのだからこれは知恵です。

すなわちAさんならAさんが担当していてやろうとしない。この人の上司のAAさん…。そうするとこの間こう言う人がいました。「この人の方がもっと動こうとしないんです。」その場合にはいくつか選択肢があります。諦める。これも選択肢です。もう一つは、AさんとAAさんに対して影響力のある人を探してくるしかない。これも仕事の進め方として基本なのです。

例えばよく私なんかこういう場で、特に経営品質協議会の例会でご質問いただくのは、「大久保さん、私はやろうとしているのだけれど、うちの社長以下役員はなかなか聴いてくれません。どうやって説得したらいいでしょう?私はこんなに素晴らしいプログラムだと言って一所懸命上申しているのです。」理由は簡単です。日本人は特にそうですが、部下とか身内の人の言うことは聴きませんから、第三者の力を借りればいいのです。すなわちその社長や役員が知っている人の名前で、信頼している人に言ってもらうのがいいのです。すなわち外の力を使うということです。

仕事のやり方の上手い人というのは何もかも自分でやろうとしません。大げさに言うと何もかも人に投げようとするのです。良い意味でです。それは説得力のある人を連れてくればいいのです。そこを探すのが自分の仕事です。下手な人は当たって砕けろでそのまま砕けてしまうわけです。「当たって砕けろ」という言葉は大変勇ましいのですが、仕事上では負けです。当たって突き抜ければ勝ちますが、砕けたら負けです。当たって砕けてはいけないのです。当たって突き抜けなきゃいけない。そのためには今申し上げたような知恵がいくつか必要です。そこら辺をちょっとご理解いただくといいでしょう。

ともかく表面と奥とありまして、やろうとしているか、していないか、すなわち動こうとしているか、していないか、それだけで判断したらいいのです。やれない理由を縷々述べている人はやりたくないと言っているだけです。


「基本は思いやり」

最近すごいことを発見しました。やはりある企業で、「大久保さん、本当にCSを実践していくと業績を上がるのですか?」この質問をよく頂戴します。ずっと訪問させていただいている企業です。

ところが幸いにも、私がいろいろ申し上げたり、提言したことをそのままやっていただいて業績を上げた方が何人も出るという企業が出てきました。これはすごく嬉しいですね。考えてみれば当たり前です。一人ひとりの従業員のやる気を高めて、お客様により高い満足、サービスを実現していけば良くなるに決まっているではないですか。ですからその人に言わせれば、「考えてみれば当たり前のことをやっただけで、良くなるのは当たり前だ」と言うわけです。

ところがその前に、最初の頃質問した「これをやれば本当に良くなるんですかね?」と言う人、良くなる実例を見たときにやると思いますか。これが意外とやらないのです。最近このことを発見しました。元々人のためとか、相手のためなんてやりたくないという人です。ですから業績が上がる姿を見ても変えられないのです。そういうことをここ一年で発見しました。なるほどなという感じです。

何回目か、前回ですか、経営品質ということでご紹介しましたが、基本は「思いやり」ですというようなお話をさせていただいたと思います。やはり仕事の質を高めていく、自分の質を高めていく、基本は思いやりです。私はもうCSというのは一言で申し上げれば思いやりだと思うのです。

そしてそういう方は思いやりを持ちたくないということです。だからその人には何を言っても、成果が上がるところを見せてもだめなんだなということを学びました。これは面白い発見でした。

理由はやはり基本のところです。CSを本当にやっていくというのは価値判断の軸を相手に置いていこうということですから、相手の側から見ていくということです。そして相手に喜ばれることをやろうという、そういう基本の思い、相手に尽くそうという思いがなければ基本はできないわけです。ですから私だけ良ければいい、相手はどうあれ自分さえ評価が高まればいい、自分だけがいいという人はCSを展開していくということはできないのでしょう。難しいのだろうなと思います。

これはちょっと話がそれてしまいましたが、今の思いやりという観点、これはやはり仕事をやっていく、仕事が楽しくなっていくいちばん基本のところ押さえておいていただきたいというか、持っておいていただきたい考えです。思いやりです。思いやりだけでずっとお話をしたい気持ちもしますが、ちょっとそこまでの時間はないのでやめさせていただきます。


「相手の立場を理解する」

それ以外にも細かい話があります。一つは相手の本音を見抜くという意味では、ビジネスの世界では相手がどういう立場から言っているかというのを見るのもものすごく大事です。立場がものを言わせます。財務の人というのはやはり予算を絞る方にいきます。「俺が財務担当だから野放図に使え」と言う人はいません。営業の立場、開発の立場、生産の立場、立場、立場というのは不思議なくらい、立場によって発言が変わるのです。

例えば現場にいる時に本社を褒める人はほとんどいません。「本当に本社はひどい。」でもその人が本社に行ったとき、現場の発想でやるかというとその場にすぐ浸るわけです。そして手を返したように、現場ができていないと言うのです。それはやはり立場がそうさせるというのがあるのです。ですから何かをやろうとしている時に判断をするとき、この人は推進する立場、思いにあるのか、やめようとする立場、思いにあるのかというのをきっちり見極めると非常に分かり易いです。立場、立場を理解してあげるということです。

ですから自分が何か言ったとき、相当否定した。でもその否定した人自身はやはりそう否定せざるを得ない立場からものを言っているということがあるわけです。そのときに日本人の場合、多くはその立場と言っている内容ではなくてその人自身を否定してしまうようなところがあるわけです。それはやはりまずいと思います。。立場がそういうふうに言わせているのだなとお考えいただくといいのではないかと思います。


「部分と全体、裏と表を常に見る発想を持つ」

それからあと一つだけ具体的なところをちょっとご紹介します。状況判断力というものを身につけることをやっていただきたい。その状況判断の方法の一つは、今の立場を見るとか、本音の動きを見るとかあるのですが、もう一つは部分と全体、裏と表を常に見る発想を持たれるといいです。

これはどういうことかと言うと、随分昔の話ですが、オイルショックの時に新聞の一面にあるスーパーのお店からトイレットペーパーがなくなりました。すなわち全部お客さんが買って行ったのです。これは1973年にありました。こういう記事が出たのです。これをどう見るか。

多くの方は、それはえらいことだとほとんどの人がスーパーに走り、トイレットペーパーを買った。人によっては押入れいっぱい買うとか…。そんなに必要なのかなと思うのですが、風呂場の水を抜いて、そこにトイレットペーパーを買い込んだ方もいらっしゃるというぐらい買い込んだわけです。

これは勘違いです。すなわちあるスーパーのあるお店からトイレットペーパーがなくなったというのは、トイレットペーパー以外は全部あるし、あるお店ということはそのお店以外は全部あるんだということが書いてあるし、日本中いくらでもあるということが書いてある。それが事実なのです。ところがなくなると思ってしまうからだめなのです。

特にメディアの情報というのは部分を出します。全体のありふれたことを言ってもニュースになりませんから、特化して、ピンポイントで、ほんの部分的なのが全部のように報道する癖があるわけです。ですからマスコミが取り上げたらそれは部分だという発想を持たれた方がいい。全体はそうじゃないだろうと考えるわけです。

裏表でもそうです。オイルショックだ、大変だ、大変だ。円高で大変だとなったとき、そうだな、そうだなと言って発想するだけの人はやはり状況判断能力が弱いです。円高で大変だ、大変だと言っていると、裏を返せば円高で儲かっている所はないのか。こうひっくり返して発想する。そして現実にあるわけです。でも円高でうちはこんなに儲かっているからとわざわざメディアには言いません。

すなわち常に裏と表があるんですよ、部分と全体があるんですよという発想を持たれたらいいと思います。

これももう今から十数年前の話ですが、日経の一面に、もうだいぶ昔だから名前も言っていいと思いますが、「東芝の子会社、業績が悪いときは責任を取ってクビもあり得る」というのが見出しに出たのです。これをどう読むか。

私はこう読みました。東芝の子会社、業績が悪いときは責任を取ってクビもあり得るということは、今まで業績が悪くてもクビになっていない。大変ハッピーな会社であったなということが分かるわけです。そして東芝の子会社と言っているということは、他の会社の子会社はそうなっていないんだな。ニュースになりませんから…。そうすると日本全体では子会社のトップというのは業績が悪くてもクビになっていないんだなということが書いてある。そして米国の経営、良い悪いは別にして、やはり責任と権限を明確にして、業績が悪いときにはきっちり責任を取るという発想からすると、随分日本の経営というのは違うんだな、そういうふうに読めるわけです。

ですから常に部分と全体とか、裏と表とか、これをちょっとだけ考えるだけで随分仕事力が変わってきます。すなわち状況がきっちり判断できるようになります。ここら辺は是非身につけていただいたらいいんじゃないかなというふうに思います。


「自分のレベルで考えないで相手のレベルで考える」

それから仕事を楽しくということではいろいろな項目があるなということを私自身昨日からリストアップして思ったのですが、部下とか上司でコミュニケーションがとれていないと仕事というのは面白くないですね。

部下に対して特に面白くない。仕事をしていて面白くない。それはもう共通していまして、うちの部下はあまり優秀じゃないからというので面白くない。優秀すぎて面白くないといケースもままあるのですが、これは例外で、「多くはどうしてうちの部下はだめなんでしょうか」と言って仕事が面白くないと感じる方はいらっしゃると思います。

そういう部下に対してどのようにしたら、どういう姿勢で臨んだら自分自身が楽しく仕事ができるかということなのです。このような場合、一つは自分のレベルで考えないで相手のレベルで考えることです。すなわち仕事の測定基準を自分の基準じゃなくて相手の基準に置き換えてものを見るということをされたらいいと思います。

すなわち本人が一所懸命やってきた。例えばみなさんが要求する、期待するレベルはこうで、みなさんがやったらもっとこうなのだけれど、最低このぐらいはやってほしいというレベルをセットします。相手の人間は元々このぐらいしかなかったのだけれど、さらに目一杯頑張ってここまで来たというときに、相手のここの基準から見ないで、ここから見る人はどうなるかというと、ここのギャップを見て、「なぜできないんだ?」となる。これは部下のやる気をなくす最良の策の一つです。さんざん頑張ってきたのに「なぜできないんだ?」と言うわけです。相手の基準に合わせたときどうなるか。「よくやったね。」ここを見る。

これは他人に対しての基本のやり方としてものすごく大事なところです。やはりその人自身が絶対的な仕事量よりもそれから相対的にどれだけ進歩、向上したか、それをきっちり見てあげるということを一つされたらいいですね。これができない人は、仕事をやっていてやはりどうしてもつまらなくなってしまいます。ですから基準を相手に置くということを是非やっていただきたいなと思います。


「相手には相手の理由があることを理解する」

それからなかなか言ったとおりやらない。よくありますね。管理者に多い言葉のベスト3は「何回言ったら分かるんだ?」「何度言わせるんだ。」「この間言っただろう。」ものすごく多いです。「何回言ったら分かるんだ?」というので「あと5回ぐらいです」という返答は普通ありません。これはないのです。もし、あと5回ぐらいと言ったら張り倒される可能性がありますからないわけです。

これは何かと言うと、相手がやらない、できない、聞かない、いろいろあるのです。「なんでできないんだ?」ではなくて、何で行動しないんだと思うかもしれませんが、実は相手にはやらない理由があるんだということ、これを覚えておかれたらいいと思います。相手にはやらない理由がある。もしくはやれない理由がある。相手には常にそれなりの理由があるのです。それなりの理由がある。


ちょっと一つサンプルをご紹介します。あるコンビニエンスのチェーン店でのお話です。いわゆる指導員、スーパーバイザーという人がいます。指導員がお店の店主に向かってこうしてください、ああしてくださいということを指導するわけです。ところがなかなかやってくれない。この指導員は行き詰まって、「きちんといろいろ指導しているのに、ちっともやってくれません」と管理者、マネージャーに頼み込みます。「是非しっかり説教してやってください。」

これは先週うかがった話ですが、それでマネージャーと二人並んで行きました。このマネージャーは私のセミナーを受けられた方で、どういう観点でこのお店のことを指導されたかというと、この人はセミナーを受けていちばん感じたのは、今まで部下とかお店の店主に向かって悪いことしか言っていなかった、少し良い所を見てあげなければいけないなということを反省して帰られた方です。そしてそのお店の店主に向かって、「これもできている、これもできている、これもできているじゃないですか。後はこれとこれとこれと…」とこっちの方が多いのですが、よい方の指摘から入ったのです。こういう話をしていった時、この人が最後何と言ったかというと、この人の上司がいる前で「あんたはかつて私に悪いことしか言わなかった。否定語しか言ったことがない。」確かに過去の指導の記録を見ると、あれができていない、これができていない、だめだ、だめだの連続なのです。「そして今日、あなたも私のことを否定するようだったらすぐに帰ってもらうつもりだった。あなたは私の良い所を言ってくれたので、これから努力します。」

すなわち相手の理由は何だったか。不愉快だ。これなのです。ここから何が分かるかというと、非常に大切なこと、これは昨年も申し上げたかもしれませんが、人は正しい、間違いではあまり動かないのです。人というのは好き嫌いで動くのです。ロボットは正しい、間違いのプログラムどおりに動きます。もちろん壊れたら別ですが…。人というのは正しい、間違いで動かないと思っておかれたらいい。

すなわちこの人が指導した内容というのは全部正しいのです。そしてやらない。正しいからと言ってやるものではない。人は正しい、間違いとか、論理とか、あるべき論では動きません。どうやったら動くかというと、最後はあなたが好きだから、あなたを信頼するから、実はこれがいちばん強いのです。

そうするとどうなるかというと、仕事を順調に進めていくためには、部下でも上司でも、隣の人でもいいですが、自らが信頼される人間になるということがものすごく大事なのです。多分不愉快な思いでずっと仕事をしておられる方の共通項目は、「はい、あなたは周りから信頼されていません」というのがあるわけです。そしてその人にそういうふうに聞きますと、「だって信頼してくれないんです。」よく見ていると、確かに信頼されないのはしょうがないなという言動をとっているわけです。

そこから何が分かるかというと、仕事をやっていく上で、指を自分に向けるということがものすごく大事です。多くの方はできないと相手を責めるのです。「指は自分に」、今日これだけ覚えていただいてもいいです。


すなわちこのケースも、なぜやらないんですか、なぜやらないんですかと言って、指導の仕方が悪かったわけです。それを変えた途端良くなるのです。


「聴くことで相手を理解する」

これに似たケースでもう一つ別のケースがあります。そのケースは、指導員が一所懸命指導するのだけれどだめで、そのうちそのお店を第三者が評価するのです。A、B、CからFランクまであります。このお店はFでした。いわゆる最悪の評価です。すなわち商品も揃っていない。いつ行っても汚い。応対も良くない。簡単に言うともうやめてほしいなというお店の持ち主です。これは別のケースですが、指導員の方が「おたくはFです」と言ったのです。その人は何と言ったか。「うちはFでいいんだ、放っておいてくれ。」何ともならない。別の言葉で言うと、みなさんの中でやる気のない部下の話をしているわけです。「もっとやる気を出せ。」「やる気ですか…。どこにあるんですか」と質問されても困るわけですが、それに近いものがあります。

このケースもやはりマネージャーに泣きついて、「マネージャー、きっちりこの人を指導してください」というので行くのです。このマネージャーが大変立派な方で、「今日は私は後ろで聞いているから、お前が前に出て話せ」とお店に入る直前に逃げたという管理者なのです。この方はなかなか厳しい管理者の下で働いているわけです。

お店の方と指導員でずっと話していた。二人で戻ってきて話していた内容が素晴らしかったです。「お互い全然話が通じてないね。ばらばらだね。あなたはお店の人が嫌いでしょ」と聞いたのです。そうしたらその人は何と言ったか。「はい、嫌いです。」「私が一人で行って来る。ゆっくり話して来る。」そして話して来て言った言葉が何か。「お店の持ち主もあなたが嫌いだそうです。」全然解決策が出てきません。

みなさんがこのマネージャーならば、この指導員、部下をどう指導しますか。この人はこうしたのです。「私が見る限り、あなたは今まで全然相手の話を聴いていない。ひたすら黙って聴け。」「聴けばいいんですか?」聴くというのは黙っていることではありません。相手のことを本当に何を考えているか理解するように一所懸命聴く、とにかく黙って聴き続けてみろというのがそのマネージャーの指導でした。

そして3ヵ月後、その人がセミナーに出て来られた。そのお店のことを話してくれたのです。「間違いなく今はBレベルです。」

この人がやったことは何か。何も指示、指導しないで聴いただけです。ひたすら聴くだけで相手は変わります。何か分かります?ここから仕事のやり方、すすめ方のいろいろなヒントがあるのです。

すなわち聴くということは何かというと、聴くことによって相手を理解することができる。相手側からしてみたら理解してくれたということになる。自分を理解してくれたと思った瞬間、理解された人は相手を理解するようになる。そして相手を理解した時、相手はこういうことをやってほしいんだなというのはもう百も承知ですから、その方向に動いていく。

じゃあなぜやらなかったのか。やはりその人も否定ばかりしていた。話を聴かない。私の話を理解しようとしない。そしてあるべき論をぶつけてくる。あなたの指導には従いたくない。すなわちそれなりの理由があった。


「指は自分に」

こういうケースで多くの方は、相手に向かって徹底して「なぜやらないんだ?早くやれ!やらないとだめだろう」と言ってべき論で進める。べき論では進まないです。どうしたらそのようにやってもらえるのかなと聴くほうに回ります。すなわち自分に指を向けて、自分のやり方を変えたわけです。そうしたらできるようになる。仕事を楽しくしていくためにこれを覚えておかれたらいいです。

例えば「何回言ったら分かるんだ?」というのはこれを当てはめればどうですか。「どう言ったら分かるんだ?」ということです。「この間も言ったのになぜやらない?」「どうしたらやらせられるか。」あるべき論は誰でも言えます。

前回も申し上げたように、ある会社の社長が、「現場で不祥事があったらすぐ私に言って来い」と常に言っていた。それなのに不祥事の時、「私は常に言えと言ってきた。」常に言えというのはあるべき論です。あなた、言ってもらえなかったんでしょうということです。「なぜ言ってこないんだ?」多くの人は指を相手に向けます。「なぜ言って来させられないんだ」とやることによってのみ可能なのです。


例えばこの間もある研修をさせていただいた時、こういうのがありました。それはセミナーに来る出掛けに、靴を履いて出ようと瞬間に、奥様から「あなた、子供のために大金が要るの。一万円ください」と言われた。なんでそんな話になったかというと、「今日はどういう思いでセミナーに来られたのですか?」と言ったら「不愉快です」という方がいらっしゃったのです。「なぜ不愉快なのですか?」と聞いたら、「出掛けに一万円くださいと妻から言われた。」そしてその方はこういうふうに言っておられました。「なぜ出掛けに言うんですかね?」なぜと言われても僕も困るんですよ。だけどなぜだと聞くわけです。そうしたら同僚のマネージャーたちが何と言ったかというと、「お前の所、大体抜本的に問題があるんじゃないか」とか、「大体会話がないんだろう」とか周りの人は勝手なことを言っていたのです。

これもまた話がさらに飛びますが。この間あるところでで合宿研修をやりました。幹部の方、部長さんたちばかり集まってトップが後ろで見ているという場を三重県や岩手県などで随分させてもらいましたが、ある企業でもまたさせてもらいました。そして同じ問題を聞いたのです。これもまたすごい勉強になりました。各部長さんたちに「なぜ出掛けに言われたのだと思いますか?」全員に、一人ひとり聞いたのです。

「うらやましいですね。」質問に答えないのです。「私、貰う方ですから、あげる立場になってみたいですね。」「いや、分かりました。おたくはそうなんですね。」そして次の人に、「あなたはどうして出掛けに言われたのだと思いますか?」「いやぁ、うちも貰う方なんで…。」全然質問に答えないのです。

その時分かったのは、自分の関心事項からしか物事を見ないんだ、これが学びです。そうでしょう。すなわち相手は、「この世の中でかみさんに金を出している奴がいるのか。私は貰う方だから、逆に貰う方の気持ちは分かりますけどね」とかこういうふうだったのです。

その方は、「常にきっちりやっている。十分やっている。余裕を持って与えているのに出掛けに言うというのは非常に不愉快なんですよね。」それに対して私が解説したのがこれなのです。「なんでこんな時に言うんだ?」じゃないんです。「なんでこんな時に言わせたんだ?」これしかない。すなわちこう申し上げた。「あなたは前日奥さんから『一万円ください』と言われたら、くどくどくどくど言いませんか。お前の管理が悪いだとか、無駄遣いが多いだとか、ああだこうだ言いませんか?」「言うでしょうね」と言うわけです。

なぜそのタイミングで言ったか。簡単です。相手にとってベストなタイミングを読んだのです。靴を履いて出ようとしている瞬間、かつ子供のために一万円。もうこれは断る理由はない。しょうがないなと言って出すしかない。すなわちなぜかという理由は簡単で、相手はベストなタイミングを読んで、それ以外でやると自分自身が嫌なことを言われるから。すなわちこれです。「なんでこんな時に言うんだ?」ではなくて、「なんで私はこんな忙しい時に言わせてしまうんだ?」という以外に解決方法はないですよ」というわけです。

すなわち「指は自分に」なのです。仕事を楽しくやるのはこれ一つだけでも覚えてもらえたらいいです。多くの方はほとんど外に向けていますから改善できないのです。


「中間報告と結果報告をきちんとする」

ちょっともう一つ、細かい話で思い出したのは、仕事が上手い人というのは中間報告というのが上手です。例えば営業現場の人がサポート、支援部隊、バックヤードの人たちに手伝ってもらったときに、仕事のできる人は結果をきちっと報告してありがとうと言える人です。仕事のできない人は「やって当然なんだ」これでおしまい。あなたの役割だからやって当然だ。その「やって当然だ」という言葉を全部捨てた方がいいです。「やってもらってありがとう」がいい。

例えばホテルの人がこれを持って来て「どうぞ」と言ってくれる。仕事だから当たり前と言えば当たり前です。でも「ありがとう」と言った方がいいです。

ありがとうというのは魔法の言葉です。これを適切にきちっと場をわきまえて使うというのはものすごくいいです。特にスタッフ部門の方というのは直接お客様と接しませんから、やりがいと達成感が非常に生まれにくいのです。そのときに営業現場の先端の人が、これこれで助かったよ、こうなったよ、喜んでいただけたよとフィードバックするということは一体感が持てるのです。

このことは基本はさっきあそこに書いた、やってくれた人に対する思いやりです。思いやりのある人というのはきっちり報告できます。だめな人というのは中間報告とか結果報告をしません。

私もこういう仕事をやっていますから、今日もさっきたくさんのメールが入ってきました。メールはモバイラーです。100%モバイラーでパソコンだけで仕事をしていますが、いろいろな形で講演依頼というのをよくいただきます。正直毎日のようにいただきますが、お願い状は見事な方が多いです。それでスケジュール調整をやったり、いろいろやってなかなかうまくいかないというので、「大変申し訳ございませんが、いろいろ段取りしましたがだめでした」と返信します。相手は知らないんですよ、両方お互いに知らない。申し訳ございませんでしたと返信した後で返信が来るのが3割~4割。6~7割はありません。ネットの世界というのはいつロスするか分かりませんから、断りが届いているか不安になるので、「先日このようなメールをお送りしましたが、お読みいただけましたでしょうか」とまた再送するわけです。「ご心配なく、届いています。」分からない。あ、だめか。これは仕事の下手な人の典型です。

例えば企業でもCS部門でそういう方が結構多いです。たとえ時間があってもそれだけで行きたくなくなります。ある意味ものすごく多いです。結構スケジュールがタイトで厳しいですから、いろいろやりくりして、でもだめだというケースが実態としてはほとんどなのですが、それで返信するのですが、そういう返答というのが多いです。

その人というのは会社の中においても、多分仕事の進め方がそうなのだろうな。これは下手な人です。どうしてそうなるか分かりますか。送った人がどんな気持ちで送ったかを思いやる力がないからです。

やはり思いやりなのです。相手のことを思いやったときに、「お忙しい中ご検討いただきありがとうございました。また別の機会に是非お願いします」と来れば、じゃあ是非次回何とかしようかという気持ちになります。「ご心配なく、届いております」ではもう何も言えなくなってしまうわけです。

これが結構、半分以上はこれです。世の中にはセミナー屋さん、仲介業というのがいっぱいあるというのがよく分かりました。どうも知らない間にいろいろな所に登録されているのです。それでご依頼が時々届きます。セミナー屋さんの半分がこれです。人が悪いわけではないと思いますがそういう所とはもう、もし可能であってもちょっとご遠慮申し上げたいなという気持ちになってしまいます。多分段取り、準備、打ち合わせ等々、全部そのレベルで仕事が進んでいくだろうなというのが推測できます。

人柄が良くてもこれはやはり仕事の下手な人です。これは段取りもだめ。もうともかくうまくいっていないし、その人自身も多分仕事を楽しんでいる人ではないなというふうに思います。


「いかにお互い分かり合えるか」

それから仕事を楽しくやっていくときに、究極は、これは前回か前々回に申し上げたかもしれませんが、いかにお互い分かり合えるかというのが大事です。分かっていないと、隣が何をしているか分からないと不信と不満と不安になってしまうのです。

例えば大きな企業ではそうですが、隣が何をやっているかというのが分からない。もちろん他部門が何をやっているか分からない。何をやっているか分からない部門に対して、ありがとうという気持ちにはなれない。そして不満を持ちます。仕事がつまらなくなってくるのです。お互い知り合うと仕事が楽しくなります。これは間違いない。

この間こういうことをおっしゃっていただいた方がいらっしゃいます。それは何かというと、お互いにコミュニケーションの質が高まると許し合える範囲が広がるという言葉をいただいたのです。なかなかの名言だなと思います。

すなわちコミュニケーションが良くなってお互いを理解していると、何かあっても、「でもああいう場でやっているからな」となるわけです。ところがそれを知らないと、「なぜやらないんだよ、できないんだ。早くやらなきゃいけないのに、ちっともあいつの所は仕事をしないな」と相手を責めることになってしまうわけです。

例えばある企業でもこういうのがありました。現場の幹部に集まってもらってみんなで勉強会をした時、「うちの本社は仕事をしてるんですかね。全然見えませんよ。」現場から見たらなかなか見えません。仕事をしているかどうか見えないんだったら、呼んで話を聞いてみたらいい。分からないんだったら聞けばいいじゃないですかということで、遠隔地だったのですが、本社のある部門に向かって「すみません、そこの人誰か1人来てもらえませんか?そこでやっている仕事の話を聞かせてほしいのですが…」と本当に直接呼んで話を聞いてみました。結論は面白いですね、「大久保さん、本社も仕事をしているんですね。」

すなわち分からないということは、人は全部ネガティブ、否定的にとってしまうのです。だからお互いに分かり合うという場を作るということがものすごく大事ですよということです。

いつも申し上げていますが、いろいろな組織では必ず会議というものが行われると思います。だめな会議は場所が同じ、メンバーが同じ、座る椅子が同じ…。どこの会社も役員会がこれだと言われていますが、これでは良いアイディアは出ないし、情報交換できません。

私が提言しているのは、営業部門には製造とか開発とか設計の人が入るとか、開発製造部門の方に営業の人が入ってミーティングをやるとか、要は組織横断でミーティングをやるということをお勧めします。そうしたらお互いに分かり合えます。分かり合えたときには仕事というのは絶対に以前より楽しくできます。分からないということはだめです。


「受身ではなく主体的に」

多くの方はこうなのです。「分からないんですよね」と言う。あなた、分かるようなことをしているの?「ちっとも説明してくれないんですよ。聞きに来てくれないんですよ。」あなた自ら行ったの?

ここから何が言えるかというと、受身で仕事をしている人は基本的につまらない。能動的に仕事をしている人は不満が出てきません。受身でやっている人の特徴は、仕事と環境と上司と、その他全部に対して不満が出ることが多いのです。

これもちょっと大事なキーワードなので書きますね。いろいろ仕事に不満がある。突き詰めていってください。ほとんど受身で仕事をしているはずです。主体的にやっていません。

主体的にやるとどうなるかというと、不満とか嫌な要因を解決するように努力しますから、不満のままではないのです。必ず…。ですから自主性を持って主体的にやっている人は、主体性を持っている場合は不満というのがほとんど出てきません。

例えば「これで予算が足りないんだよな、どうしようもないな。」予算を取るようにすればいいじゃないですか。そういうふうに働けば不満にはならないのです。だめだ、だめだ、あれが足りない、これが足りないと言って仕事をやっている人は必ず面白くない。そしてその基本は何かというと、ただ一つ、受身だから。

それではどうしたらいいのか。主体的に否定的な要因を乗り越えていく、阻害要因を越えていくように自分の脳の回路を使えばいいわけです。そうしたら変わっていくわけです。間違いなく変わっていきます。

ですから自主性、主体性と、受身に対しては能動的というのが正確なのかもしれませんが、自分はどっちかなと考えられたらいい。そしてここでやっているときには、大変きついですが未来永劫仕事は楽しくなりません。受身でやっても楽しくなることはありません。途中でその仕事に主体的に臨んでください。

例えば与えられた所で嫌だな、嫌だなとやっている。ところが面白くなって自分で進みだしたときには仕事は楽しくなります。ですから受身でやっているときには楽しくないんだと思ってください。


「受身でやるか、主体的にやるかは自分で決める」

そしてここでもう一つ言えることは、受身でやるか、主体的にやるかは誰が決めるのかということなのです。これは全部自分で決めます。どちらの向きで仕事をするか、全部自分なのです。例えば前向きに仕事をする人というのはやはり仕事をエンジョイできるし、後ろ向きに物事を考えて進む人はつまらないです。向きの舵を切るのは誰ですか?環境ですか?上司ですか?会社ですか?世の中ですか? 違います。あなたです!

実は舵を切る方向の権限全部自分に与えられているのです。ただし舵を切ろうとしても、切る方向に逆に風が吹いていたり、潮の流れが反対であるかもしれない。でもそれ以上の力で舵を切ればいいわけです。そこで舵を切れないという人はやはり周りに流されてしまう。周りに流されていて面白い人は基本的に一人もいないはずです。

ですから今一つ大事なことを申し上げましたが、究極は、楽しいか、つまらないかの舵取りは全部自分が決めています。楽しい人というのは恐ろしいぐらいどこに行っても楽しめる人です。ぶつぶつぶつぶつと不満ばかり言う人は場所を変わっても大体ぶつぶつ言います。これはもうそんなものです。 

例えばかつてこんな人がいました。会社に行った時に面白かったです。冷夏です。涼しい夏だからありがたいなと「今年の夏は涼しくていいな」と言ったら、その彼は何と言ったか。「大久保さん、何を行っているんですか。今は夏ですよ。すぐ暑くなりますよ。暑いのは嫌ですね。」今日涼しいじゃないの、それをばかだと言わんばかりに言うわけです。その方に、また暖冬の冬にお会いしました。「今年の冬は暖かくていいですね」と言ったら、例のトーンですよ。「大久保さん、嫌だな、今は冬ですよ。すぐ寒くなりますよ。寒いというのは嫌ですね。」今日は暖かいじゃないのと…。いつもその回路です。


「楽しい方向から見たら仕事は楽しくなる」

ここから何が言えるかというと、同じ状況にありながら楽しい向きで仕事ができる人と、つまらなくしている人の差が一目瞭然でしょう。全部自分で決めているわけです。

物事、仕事を楽しくするためには、すごく簡単な、何と言うのですかね、何と言ったらいいのでしょうか。ばかみたいなことを申し上げますと、仕事を楽しい方向から見ればいいのです。つまらない人はつまらない方向から見ているからつまらないのです。これは結構深いことを申し上げたつもりです。半分ぐらいフンフンという感じで聴かれているのですが。宜しいでしょうか。楽しい方向から見たら仕事は楽しくなる。つまらない方向から見たら仕事はつまらなくなる。

例えば周りは楽をしているのに自分はやたら仕事量が多くてつまらないな。これはつまらない角度から見るとそうなります。私は同じ時間帯で人一倍の仕事をやっているんだ。人一倍役立てている。自分の命を活かしているなと思えば楽しくなります。私はどうもやたら上司から課題を多く与えられる。隣の人は楽をしている。私はいつも鍛えているんだ。成長できる。ありがたいな。全部どういうふうに見るかです。見る角度によって、環境とか条件というのは全く関係ないんだなというのが最近の私の感覚です。 

これは去年この場で申し上げたか忘れましたが、ある県の企業に行った時、その企業に県の教育委員会から学校の先生が派遣されていました。小学校の先生が一年間企業で働くのです。企業実習、そしてまた学校に戻るのです。若い先生とお会いした時に「大久保さん、私は頭が三つ欲しいです。」え?頭が三つなんて化け物みたいになってしまいますが、それは何かというと、「毎日が驚きと感動と喜びの連続で、考えたいことばかりなんです。新しい発見ばかりなんです。」私は本当にこの県の教職員になって良かったということをしみじみ話されました。「私は本当に幸せです。」企業に出向して勉強されているのです。

そして同じ状況にある他の先生たちの多くが何と言っているか。こう言っています。「うちの県は本当にムダをするよね。教師ともあろうものが企業に出てきて、時間と金のムダだよな」と言っている人がほとんどなのです。与えられた状況は同じなのです。その若い先生の話をうかがってものすごく勉強になりました。

当然生き生きしていました。やっているのはウエイトレスみたいな仕事をしているわけです。来られたお客さんにお茶を出す仕事をやっているのです。それでいて生き生きしているのです。そして発見と驚きの連続だと言っている。そして別の企業に出向かれた先生は、行った先生たちは何と言っているかというと、「くだらない。」すごい参考になりました。

すなわち同じ状況にありながら、片や最高の場を与えられたと言い、片や最悪でつまらない、くだらないムダの塊だと言っている。どちらが正しいか。どちらも正しい。何が違うのか。見る角度が違う。

すなわち客体というか、外に存在するものは絶対じゃないんだなということをこの時に思いました。どこから見るかによって、その見たものが自分にとっても絶対の存在なのです。そして見る角度いかんによって全く物事というのは変わってきます。これを覚えておかれるといいです。見る角度によって違うのです。

周りの仲間でこういう人がいませんか。「あの人どうしようもないよね、ああだよ、こうだよ」と言うと、「そうは言ったって彼はこういう良いところがあるよ。あれはそんなに悪い人じゃないと思うけど…。」それはそういう角度から見ているからです。

片やこういう方もいます。みんなが褒めていると、「そう?あの人こういう悪いところもあるのよ」と自慢気に離す人。否定思考の最たる方です。これは全然だめです。

その実態というのはやはりどこから見るかによって変わってしまうのです。そして大切なことは、そのどこから見るかを決めるのはやはり自分だということです。どこから見るかは全権一人ひとりに与えられています。全ての権限を自分に与えられている。そしてその権限をどう使うかも自由です。その使い方いかんによって面白くもなり、つまらなくもなりますよということです。

ですからこういうふうに考えてくると、やはり自分の見方、考え方一つだなと…。ある程度自分で好きでこの会社に来た、自分で好きでこの部門に来たという方がいらしたとしても、もちろん多くは、仕事というのは最後のところはどうしても大きな組織ではどうしてもあてがいぶちの仕事になってしまう。すなわち仕事と上司というのはなかなか選べない。選べませんよね。もちろん私は選んでいるという方はそれはもうそれで幸せだからいいと思いますが、多くの方は選べない。でもその仕事に対してどういう態度で臨むかは自分の選択なのです。そうです。仕事は選べないかもしれない。でもその仕事というのは絶対なものではないわけです。その仕事に対してどういう姿勢で臨むかが楽しいかつまらないかを決めます。そのつまらないか、楽しいかの角度を決める選択は己です。どういう姿勢で仕事に臨むか。それは自分の選択です。そしてつまらないなと不満ばかり言っている人はつまらない角度から仕事を見ている。つまらない方から物事を見るということをしているからつまらないということになるわけです。


私自身もIBMという会社で本社に行ってCS部門を担当して、そしてそちらの方向に会社の舵取りをやっていくという時、当然その発想としてはまずトップ、役員層から変わらないといけないなというふうになるわけです。役員のみなさんに、ああやってください、こうやってくださいと言う。勝手にいろいろなことを頼んだり、お願いしたりいろいろやっていく。当然よそを向いている人や横を向いている方も出てくるわけです。この中には企業のCSを担当しておられる方もいらっしゃるかもしれませんが、なかなか進まない。そうですよね。

「ああいうふうに進めるのは大変だったでしょう」ということをよく言われますが、私は大変だと思ったことは一回もなかったです。本当に…。徹底してエンジョイしました。横を向いている役員がいますよね。わー、横を向いていると喜んでいました。わー、すごい横を向いているぞ。どうやってこちらを向かせるかなと考えました。横を向いているからどうしようと悩むことは一切しませんでした。えらい反発を受けたな、どうやったらこの反発が反省に変わるのかなと考えてみました。でも傍から見たら、よく悩まないなと言われました。

私はそういう角度で物事を見なかったです。ともかくこの会社をもっとお客さんに喜ばれる、お客さんの方を見る会社にしてみたい、勝手にチャレンジ目標を自分で作ったわけです。そのためにいろいろな阻害要因というのは出てくるかもしれないけれど、それに負けるようだったら自分の思いが弱いだけの話ですからつまらないです。


「長い目で見る」

多分今日来られている方、多くの方というのは組織の中で仕事をしておられる方がほとんどだと思います。組織の中で仕事をしていると、いちばんつまらないのは自分より無能だと思うのが昇進するのがいちばん不愉快です。なんであいつが…。理由は簡単で、その人の方が上から評価されたからというだけです。客観的に見ても自分の方が間違っているケースはあります。これをどう乗り越えていくかというといくつかあります。 

一つはやはり長期の視点でものを見ることです。長い目で見る。ずっと良いことがなければずっと不幸せもないですよね。なんて言ったら、私ずっとだめでしたという方にこの間お会いして、そうですかとなかなか話は難しいなと思ったことがありますけども…。要は最後は棺おけに足を半分突っ込んだ時が勝負ですから、そこから振り返ったときにどうなっているかで線を引いて、合計して決算状況をとったらどうだというのが人生の勝負じゃないですか。もう今は企業もすごい短期です。あれは僕は正しいとは思いません。長い目で見るべきです。ましてや自分の人生は最後の棺おけのところで線を引っ張ったときに赤字か黒字かで判断すべきだと僕は思っています。そういう目で見ると、ちょっと隣の人が早いからとか、私が取り残されたからといってどうということはない。

正直申し上げて運、不運はありますから、大切なのはそういう時に横を見ないで前を見ることだと思います。大体そういったところでしおれてしまうとか、不満を持つというのは仕事をやっていく上で自分の成長目標とか、何々をやり遂げたいという目標を持っていない人です。

みなさん、目標をお持ちですか?会社から与えられたノルマじゃないですよ。その仕事場を通して何かを実現していこうとか、何かをできるようになろうという目標をお持ちですかという質問です。そしてこの目標を持っていない人はつまらないのです。もちろんノルマを達成していくというのも一つの喜びで、それは一つずつ達成感はあります。これを否定するものではありません。だけどもっと大切なのは、今与えられた仕事場において、自分は将来何々ができるようになろう、何々を実現しようという夢とか目標がなければだめなのです。

夢とか目標がない人は実はちょっとした困難に倒れてしまいます。大いなる夢と目標を持っている人は、どんな阻害要因が出てきても倒れ切ることがないのです。

隣のちょっとした言動に腹を立ててずっと不愉快に仕事をしている人が世の中にはいます。なぜかと言ったら前を見ないから、自分の目標を達成しようということがないからです。


「自分自身の度量を大きくする」

「あなたの今の関心事項は何ですか。」実は同僚に先日こういうことを言われました。そういうのってありますよね。   

この時どういうふうに逃げていくか。「あいつ、くだらない奴なんですよね。あのくだらない奴にこんなことを言われて、私、不愉快なんです。」どう考えたらいいか、ただ一つです。小さなことを言われた、そのことを気にしている自分の小ささを気にすべきです。

結論から言うと、「あんな奴にこう言われたんですよね。」その人に負けているんですから、笑い飛ばせばいいじゃないですか。そうです。これを推し進めていくとどうなるかというと、やはり自分自身の許容範囲を広げるというか、度量を大きくするというか、これがやはり事をしていく上で、組織の中ではすごく大事だと思います。 

度量のサイズを測るのはすごく簡単で、今申し上げたように、あなたが今いちばん不愉快に思って気にしていることはどのことですか?それをリストアップしてみてください。それがあなたの許容範囲ですということです。

すなわち日本全体の人口減が心配だ。どうしようかと真剣にそれだけ考えているとしたらすごい人です。環境問題が、と本当に考えて、それで何をやっているかというとガソリン垂れ流しの車に乗っているようではちょっと矛盾しているわけです。

だからどういうことに関心事項があるかをご自身でリストアップしてみてください。特に不愉快なことは何ですか。

上司のあの一言が…。あなたのサイズです。その一言によってあなたの人生が左右されているのでしょう。あなたのサイズが小さいからですよ。

どうしたらいいかというと、それを平然と流すか、無視するか、包むか、いくつかの策はあると思うのですが、そのような姿勢を持つことです。

すぐ腹を立てるというのはだめです。私自身は最近本当に腹が立たなくなってきました。今講演はあまりやっていません。一泊二日のセミナーが多いのですが、そのセミナーでどういうのをやるかというと、大体私の本を何冊か読んでいただいて、感想を聞くところから入ります。その感想の中から今日の話の展開とテーマを決めていくというやり方をしているのです。

例えばこの『自分も変われば組織も変わる』という本、これは1,300円です。すごい感想がありました。「高いです。」それが感想なのです。思わず聞きました。「いくらならよろしいでしょうか?」「せいぜい800円です。」この間150円というのが出ました。記録が塗り替えられまして、150円の価値だというのです。その時に私は腹が立つかというと立たないのです。この人にとっては800円だったんだ。

この発想は何かというと、相手には相手の考え方があるのです。「何言ってんだよ、隣の人は2,000円の価値があると言っているじゃないか」と言ったってしょうがないのです。その人にとっては800円なのです。無理に変えるということ自身が無理なのです。「そうですか、あなたにとっては800円なのですね。ただじゃなくて良かった」と言っていたら、この間150円まで下がってしまったわけです。ただしセミナーが終わった後には5,000円でも結構ですと大体言っていただけるのですが…。   

そういうふうに判断したことを非難してもしょうがないのです。大体いくら本音で言えと言ったって、講師の立場でしょう。冒頭から「高いですね」という感想はないだろうというふうに思うこともできるわけです。

以前にはこういうのもありました。ある大手の会社で幹部セミナーをやるのに本の感想を聞いたら「読んでません」と言うのです。え?と言ったら、「私、システム部門にいたのです。まるでいい思いしてませんから…。その会社の人が書いた本でしょう。ばからしくて読めません。」大人がそこまで言うかとう感じですよ。それも専務、事業本部長がいる横で言うのです。後で専務からお詫びされました。「本当に子供で申し訳ない。」僕は何と言ったか。「大変ご迷惑をおかけしました。会社を代表してお詫び申し上げます。」その時はもう辞めているのですが、そう言うしかしょうがないじゃないですか。それを「何言ってるんですか。あなた、勘違いしていますよ」とか、こうだ、ああだ言ってもしょうがないのです。

ともかく受ける癖がついているのです。受け流すのではありません。受け流すのではなくて、スーッと受けるのです。そして置いておくのです。溜めたらだめです。溜めるとどこかで爆発しますから…。ですから腹を立てないというのは意外とできるんだなというのが最近分かりました。特にここ1年ぐらい、極端にそうなってきました。どんなに否定されても大丈夫なのです。

そしてちょっと厳しいことを言えば、20人でセミナーをやっている時にやたら否定した人がいます。周りからどう見られているかというと、決して前向きには見られていません。そして残りの19人はこういうふうに見てくれます。「あれだけ否定されて、よく大久保さんはニコニコと受けているな。」評価が高まるのです。これも経験しました。

この間別の会社でトップがオブザーブして幹部だけ集まってやった時も、いちばん感心されたのは何かというと、「大久保さん、よくあんなばかな話を笑顔で素直に聞けますね。私だったら何をばかなことを言っているんだと言っちゃいますよ。」

私はどうしてそれをばかだと否定しないのか。すごく簡単です。まず面白い意見だ、自分と違うな、どういうところからこういう発想が出てくるのかな、どういう人間だとそういう発想を持つのかなとじっと見る癖がついているのです。これはカウンセラーと近いものがあるらしいです。そうすると腹を立てなくてすむのです。

だから何か嫌なことを言われたとき、カッとならないで、どうしてこの人はそういうふうに言うのかなと。よく見たら自分がだめだったというのがあるかもしれないですよ。それはそれでいいじゃないですか。愚かな人はそこですぐ腹を立てます。腹を立て続けて仕事が楽しいという人はいません。

そう言ったらこの間ある人が言っていました。「うちの上司はそれが楽しいとしか思えませんけどね。あれで腹を立てなくなったら、あの人はお亡くなりになるんじゃないですか」ととんでもないことを言う人がいましたが、絶対にそんなことはないです。


ちょっと話がそれますが、腹を立てるとどうなるかご存知ですか。血液が濁るわけでしょう。これはもうきっちり証明されているわけです。この間その話をしたら、セミナーでこういう方がいらっしゃいました。「みんな今大久保さんの話をばかにして聴いただろう。本当だぞ」と50代の役員の方です。「私は今命がけで叱らない、怒らないようにしている」と言うのです。なぜかと言うと、二回風呂場で倒れているのです。そして医者に行って「今度倒れたらさよならだからね」と言われたのです。腹を立てたときに血液が濁って脳の細かい血管の所にいかなくなる。そういう説明を受けたそうです。「だから今度あなたが怒った時は死ぬ時だからね」と言われたそうです。「ですから命がけで怒らないようにしています。」これは本当の話なのです。

だから怒るということは血液をどろどろにしているのです。いくらサラサラなんていうのを飲んだってあんなものはだめです。いや、本当に…。ですから物事を楽しい見方で、楽しく仕事をしていると、その方がよっぽどサラサラになるわけです。


別に栄養学を否定するつもりはありませんが、禅寺の永平寺というのがあるでしょう。あそこの食事、ご覧になったことがありますか。一汁一菜なのです。おつゆと何かちょっとあるだけ、それとおかゆみたいなのだけ。三食これです。夜だけ一汁と二つの野菜がつく。それも一切れずつ。全員健康です。あの時、栄養学というのは何だろうかと思いました。

80キロの人があっという間に60キロぐらいに痩せられるそうです。痩せたい方、あそこに行ったらいいです。痩せる前に倒れる可能性もありますけども…。

何なんだということです。栄養学的に見たら絶対にだめなのです。でも全部健康になる。そうすると健康学の見地であの栄養を摂らなければいけない、あの栄養を摂らなければいけないとずっとやっていてころっと逝く人がいるでしょう。何なんだというのです。

これはもうこれ以上解説しませんが、やはりどういう姿勢で食べるかの方が大事なのかなと思っています。それいかんです。食事なんてそうでしょう。どんなにご馳走でも嫌な人と食べたくないでしょう。嫌な人はさておき、僕は本当に美味しく食べられますといったらそれは変です。やはり嫌な人とは食べたくない。やはり心の合う、気持ち良くできる人と一緒に食べる方が美味しいじゃないですか。ということは精神面の方がはるかに比重が大きくて、それはさっき言ったように怒ったら血液がどろどろになるというのときっちりと関係している、つながっているわけです。

また元に戻りますが、怒る、怒らない、含めて、それを決めているのは自分なわけです。ですから所詮は自分次第かなという感じがします。


まだまだお話ししようと思っていたのですが、ちょっと休憩時間になりました。それじゃあ今から何分休憩しますかね。4時まで休憩にします。その間にもしご質問があったら是非メモするなり何なりお願いいたします。


質疑応答

いくつかご質問をいただきましたが、なかなか質問の意味が難しいところがあるのですが…。

一つ目は、「いくらやる気のある社員が積極的に提案しても、あいつは目障りだとの評価で全く上から評価されない場合があります。」これはご自身のことでしょうか。「どのようにそういった会社を立ち直せばよいのか?要するにボンクラは意見をせず、それで昇進してしまいますよね?」「ね」という所にびっくりマークが入っていて、気合が入っている書き方です。これについてはどうコメントしていいか、きわめて難しいなとか思いながら読んでいたのですが…。


やる気がある社員が積極的に提案しても、あいつは目障りだと否定される。一見自分は良いことを言っている。なぜ受け入れられないんだ。厳しく言うと自分が受け入れさせてないのです。あなた自身の信頼がないときにはだめなのです。正論が通るわけではない。なぜ正しいことを言っているのに私の意見を受け入れないんだ。あなた自身が信用されていないというのがあります。

それから、一見ボンクラがどんどん偉くなっていく。本当にボンクラか。さっき言ったようにあなたの目から見たらボンクラの部分しか見えないかもしれない。しかし違う人から見たら違う面が見えるのかもしれない。

私自身いろいろな企業に行きます。役員の方とお話しすることが多いですが、やはりおしなべて役員層の方が感性含めて全てにおいてレベルが高いです。どんな企業でもそれが言えるのです。なんであんなのが役員だというのはいっぱいあります。でもなんでというのはどこかに良い所があるのです。それは事実です。

それが自分の方から見たら、先ほどのではないですが、悪い所しか見えていないからボンクラだというふうにお考えになった方がいい。もちろんどうしようもなくてなる場合もあります。本当に鈍だね、なんでああなるの?それはただ一つ、その人は運が良かったのです。それはあります。めぐり合わせというのはあります。

それで自分が運がないことを嘆いてもしょうがない。だって運も実力のうちって言うじゃないですか。運命というのは命を運ぶのでしょう。運ぶというのは自分が運ぶわけで、主体性はあくまで自分なわけですから、運というのはついてくるのではなく自ら運ぶことですから、運が良いか悪いかも大事なことなのです。

例えば勝負師なんかでよく言うじゃないですか。「あいつに担当させろ。」なぜか。運が良いから。これは一つの判断です。「あの難しいプロジェクトのリーダー、あいつにさせろ。」「あいつにそんなスキルはありません。」「あいつがやるとスキルがないけどうまくいく。運が良いからやらせろ。」これは実は判断として正しいケースが多いのです。一見能力がないように見えても、実はすごいパワーを発揮しているケースがあるわけです。それが見えない。

例えば組織の中にいるときに、その人がいるだけで周りが暗くなるというすごい人がいるでしょう。すごいというのはマイナスの意味でね。ところがその人は分析能力もあるし、アイディア力もある。そうすると「なぜ私みたいに優秀な人間が評価されないんだ?」というと、「あなた自身が暗いの。周りのやる気をなくさせてるの。」個人営業だったら一人でいい。組織でやるときには組織力全体を高めるという発想が必要なわけです。そうすると大げさに言えば『釣りバカ日誌』のハマちゃんみたいな人の方がすごい可能性がある。すなわち釣りしかできない。でもあの人がいることによって組織全体が明るくなって、組織総量の出力が最大化になるときには、なくてはならぬ人であり、価値のある人なのです。

能力という狭いところだけで判断してしまうと間違うのです。周りに対してどれだけ役立っているかという観点で見たとき、一見無能だと思われる人が有能なことはある。逆に有能だという人が意外とやる気をなくさせているということで無能なこともいっぱいある。これも見る角度の違いなのです。それから部分とか全体感。ちょうどさっき言ったものの復習みたいになります。どういう観点で見るかというのがものすごく大事なのです。


もっと申し上げれば、例えば表情なんてすごく大事です。表情の話だけでもう90分、100分したいぐらいですが…。簡単に言うと、リーダーというのは表情が穏やかで、笑顔の方がいいのです。とにかくリーダーが笑顔になるとはるかにその組織は活性化して本来の役割を果たし易くなる。与えられた目標を達成し易くなるというのは事実です。間違いない、紛れもない事実です。

その反対にどんなにリーダーが正しい方向を示し、正しい判断をしたとしても、それを実行していくのは周りのメンバーですから、その人たちがやる気にならない限りにおいては前に進まないわけです。

申し訳ないけれど暗い人というのはだめです。大げさに言うと、もう暗いというだけで罪です。ただし一応日本の法律では捕まることはありません。今、結構大事なことを言ったのですよ。暗いというのは罪ですよ。だって周りにやる気をなくせ、不愉快になれという粉を撒いているのと同じでしょう。でも本人はそういう意識はないですから、なぜだろうと思っている。そうじゃない。やはりまず明るいことが大事だと思います。

いちばん大事なのは、厳しい状況、例えばプロジェクトをやっているときにうまくいかないというか、営業の責任者であれば業績の達成状況が良くなくてきついときに悠然としているというのがいいです。もっとも、やたら数字が行かないときにあまり笑い出すと、部下から見るととうとういったかと…。そこまでいってしまうとちょっと問題がありますが、そういう方がいいです。


私が最近思っているのは、格好良い生き方の方がいいなと思っています。どういうことかと言うと、ちょっとしたことで渋い顔を作る、渋面を作る、格好悪いと思います。大きな課題に直面しても平然としていろ。感じないというのとは別です。これは似て否なるもので、それは問題があります。だけども分かった上で悠然としているような生き方をされる方がいいんじゃないかな。

だから小さなことでいきり立って大声を出すのは格好悪い生き方です。カリカリしていたのでは格好悪いじゃないですか。カリカリするのだったら、ビデオに録って自分で見てみたらいいでしょう。こんなに自分は醜いのかと思いますよ。でもカリカリしている人はその醜い姿が見えませんから気楽にカリカリやっていますが、これだけ醜い姿なんだというのを認識する必要があるのではないかと思います。


だいぶ質問からそれたかもしれませんが、説得するにはそのアイディアそのものでなくて、自分自身が全体で説得力を持たなければだめだと思ってください。反対に説得される側に回ったときは、本人の全体のクオリティではなくてそのアイディアだけで見るようになれる人間になることです。

すなわち人は良くも悪くも、何を言ったかじゃなくて誰が言ったかで判断するのです。しょうがないのです。そんなものなのです。「私が言った時、あの人は言うことを聞かなかったあのアイディア、別の人が言ったらすぐあの人は受け入れたんだよね。私の方が先なのにね。」理由は簡単。あなたは信頼されていないから。それだけ。そして受け入れてもらった人は信頼されているから。

ということはそのアイディアというのはほんの一部で、そのアイディアが本当に説得力を持つのは自分自身のトータルの人間性によるわけです。ここのところが全部欠落していて、これだけでは勝負できないのです。でも愚かな人はこれだけで勝負して、なぜ正しいことを言っているのに、良いアイディアなのに受け入れないんだとなる。部分しか見ていない。人の発想はそういうものではないという認識をする必要があるのです。そうでないと説得力は出ない。

これは前々回の時にお話ししたと思いますが、ある組織で7、8人の方が参加される学習会を開いたときに、だんだん話が展開してきてその組織の問題点を洗い出していました。問題点を書いて、一人の人が手を挙げてました。大体その人は、最初に私の講演の感想をと聞いたときに、感想を聞いているのに、「今日、私疲れているのに呼び出されたんですよ」と感想もへったくれもありません。完全に戦うモードで不愉快だという人が一人入っていたのです。他の6人は全部大久保と話をしたいという人が来たのですが、その人だけは上司から無理矢理放り込まれたのです。「私、疲れているんで…。」こっちの方が「私の方が疲れてますよ」とよっぽど言おうかと思ったぐらいです。

みんなで論議していたらその人は何と言ったかというと、「そんな分かり切ったことを今さらリストアップして何になるんですか。私も責任者にさんざん言ってきたんです。上司は一回もやってくれないですよ。やめましょうよ、こんなのは。」これです。「私は言ってきた。同じことを提言してきたのです。歴代誰もその組織の責任者はやってくれなかったんですよ。」

その時私はどう思ったか。そうか、この人は努力してきたんだなという角度で見たわけです。情熱を持ってやったけれど、できなかったんだな。全然腹が立ちませんでした。素晴らしい人だ。だってこの内容をやろうとしたということはチャレンジしたということじゃないですか。瞬間僕はその人を見る角度が変わりました。

「そうですか、なぜ歴代の責任者はやってくれなかったんですかね。」「そんなこと知りませんよ。」その方はこういうふてくされた口調で答えました。それに対して何と言ったか。簡単です。「あなたの説得力がないから。もう一つ。なぜやらなかったのか。やらなくていいからやらなかっただけでしょう。」その時に突然何か響いたのでしょう。ずっとこうやってそっくり返って聞いていたのに、突然メモを取り出しました。「もう一つ言いましょう。あなたは正しいことを歴代の上司に言ってきた。上司がどんな気持ちで聞いたか。上司がどんな状況だったらベストな話し方ができるか、あなたは一切考えないで自分の考えたあるべき論を突きとおしてきた。簡単に言います。あなたは説得力がないのです。」

「どんな正しいアイディアでも、ストレートに出して良い時と悪い時がある。言われて受け入れ易い心境の時とそうでない時がある。あなたは一切そういうことを考えないでやってきた。すなわち簡単に言いましょう。思いやりがない。正しいことを通すときの相手への思いやりと状況を読むという能力がなければ、人と組織を動かすことはできないのです。それをあなたは正論だけでやってきた。人は正論では動きません、、、。」

さっき申し上げたように、あるべき論と正しい、間違いで人は動かないのです。あなたから言われたから不愉快だというのがあるのです。それも正しければ余計不愉快になります。いくらでもあるのです。ところが言われた方は、不愉快だ、きちっとやってくれない。やはりさっき申し上げたように「自分に指を」しかありません。自分のアプローチの方法がまずいのです。

私自身も日本IBMという会社を少しCSの方向に動かそうと努力していた時に、正論でいくときもあれば、裏からいくときもあれば、あえて何も言わないときもあれば、それも各役員に応じて全部アプローチ方法を変えました。社長が言っているからといって組織は動きません。「社長の言葉です、会社の方針ですからやってください。」そんなの、どこも動かないですよ。それをどう動かしていくかが仕事なのです。

ですから社長と各役員の懇談の場を随分作らせてもらって、そこで横にいると、その時にきっちりやらない人がいる。やらないときに、私自身がそれを「あなた、ここをやってないですね。今嘘を言ったでしょう」と突くケースもあれば、流すケースもあります。すなわち相手を見るのです。その場で、社長の前で言っても、「あ、そうか。そういえばそこ、抜けていたな」と素直にポンと受けて反省して、その後やってくれる人にはその場で言うわけです。でも普通は社長の前でメンツを失ったら、正しい、間違いではなく、やらなくなります。そのときは「そうですね、そうですね」と一緒になって、「よくやっていただきましたね」と平然と流す。そして終わった後に、「○○さん、ちょっと時間よろしいですか。あなたのさっきのは違いますよね。実際はこうですよね。次回の時までにきっちりやっていただきませんか。」全くアプローチを変えるわけです。

そんな知恵もなくて、あるべき論で動かそうとすること自身がだめなのです。そこら辺はやはり仕事を進めていく上での状況判断能力と相手を観察する能力といろいろなものが必要なのです。そして自分から見てどうしようもないという人は、意外とそういう能力があるのかもしれない。多分あるのです。「あいつは上司におもねるのがうまいからな。」おもねるという表現がいけない。思いやりが深いと言ったら全然変わるわけです。そうでしょう。

上司が「困ったことがあったら、言い難いこと、何でも言って来い。」「○○さん、あなた、こういう点、まずいじゃないですか。」「うるせぇ!」と言われることがあります。言われた方は、「何でも言いに来い、言えって言ったじゃないか。言ったらうるさいって言う。何言ってんだ。」言った方が間違っています。言われてまずい状況だったのです。すなわちどういうことかと言うと、その人自身が上司からボカボカやられて苦しんでいる時に、「あなた、これがだめですよ」と言われたら…。人間には誰だってバイオリズムがあるのです。不愉快なのです。すなわち言うタイミングを間違えているのです。

特に否定的なきついことほど、言うタイミングというのはしっかり読まなければいけない。良い話はいいのです。悪い話ほど、難しい話ほど、否定的な話ほどタイミングと状況と場を読まないとだめなのです。そうでないと説得力というのは出てきません。それをワンパターンでやるからだめなのです。こういうことです。

ですから良いアイディアが受け入れられないときは、良いアイディアを受け入れる能力がないのではなくて、あくまでも自分が受け入れさせていない。自分自身のトータルの説得力の問題なんだなというふうに持っていかないとだめだし、それ以外に解決方法はありません。いつまで経っても上が受け入れないからと言っていても、さっき申し上げたとおり不満を言っていてもそれは受身になります。相手が受けてくれない、やってくれない、理解してくれない。未来永劫解決はありません。

これをどうブレイクスルーするか。それは自分の能力とか信頼性を高める。そういうことに焦点を置けば可能性が出てきますよということです。


それから次の質問です。「“本音を見抜く”の話の中で、やろうとしない人に対しては

(1) あきらめる

(2) 影響力のある人を探す

とありましたが、私の会社の場合、その人は社長にあたります。」すなわちやろうとしない人が社長だということですね。このケースはよくあります。「私は一従業員です。(約10人の会社)」10人で約というのもよく分かりませんが…。10.5人ぐらいなのかなとかちょっと考えちゃいますよね。「この場合のうまいコミュニケーションの方法があればご教示ください。」

 この質問の意味は何でしょうか。その社長にどういうふうに自分の思っている方向に動いてもらおうかということでしょうか。


 コミュニケーションを取るのだったら今の話でご理解いただけると思うのですが、社長の思いがどんなところにあるのかなとか、やはり今日は機嫌が良いか、悪いかとか見るのは大事なのです。機嫌が良い時にアプローチをして話をすることです。

 それから社長に限らず、相手の関心事項に関心を持つというのがコミュニケーションのとり方の一つとしてあります。例えば営業の方でアプローチするときに相手のキーマンに対して、この人はどんな趣味なのかとか、どんなことに興味を持っているのか、そこからアプローチする。それはやはり私に言わせれば思いやりなのです。それを愚かな人は自分の趣味を押し付けて話すみたいです。それではコミュニケーションが取れません。やはりトップであろうと関係なく、相手の関心事項というのを日々理解し、そこに自分自身も関心を持ってアプローチしていくということを考えられたらどうかなと思います。


 それから例えばよくある質問は、「私は経営品質を勉強しています。うちの社長は全く理解しようとしません。どうしたらよろしいでしょうか。私は正しいことをやろうとしているのです。」この場合いつも申し上げるのは、「あなたが自ら説得することはしないようにしてください。」社長が一若い部下から言われて、はい、そうですかと動くわけがないと思ってください。そこまで動ける人だったら、もうとうにやっています。そうじゃないのを動かそうとしたら、さっき申し上げたように第三者の力を借りてくる。

 例えばこの茨城では、講演をして講演録を全部オープンにしています。こういうものをさりげなく読んでもらうとか、読んでもらえない場合にはマーカーをしておくとか、それでもだめな場合はビデオという手もある。最近私のCDもあります。歌は入っていませんよ。歌が入っていてもいいんですが、歌は入っていません。

あといちばん最近はDVDがあります。これはコンピュータグラフィックが半分で、お人形さんが出てくるのです。お人形さんがここら辺からこう出てくるのですが、お人形さんと話すというものです。あれは難しいですよ。当たり前ですが、お人形ってしゃべっていても表情が変わらないのです。その人形に向かって、「あのですね、」とか言いながら一人でしゃべるという…。これもPHPから出していただきました。『お客様大事の原点』というので一話10分で12話出していただきました。非常に参考になります。DVDを見ていただくと、全部文字を出したりすることもできますし、非常に面白いです。これなんかもちょっとご覧いただいたらいいかなと思います。

ですからCDを知らん顔してさりげなくかけておく。「これは誰だ?」「大久保さんという人です。」「知らん」と来ますから「この人、こういう本を書いているんですよ」と言って『経営の質を高める8つの基準』、この間また最新の改訂版を今年出しましたが、これを置くとかいうことをされたらいいと思います。


もっといいのは、トップに対していいのはこっちの方がいいかもしれません。今日、いくつか本を持ってきているのです。『自分が変われば組織も変わる』、この本を読まれた方も今日は結構いらっしゃるかと思いますが、これはいかに上司が愚かかという本なのです。上司というのは常に部下の話を聞かないで、勝手に思い込みで判断して、怒鳴ってばかりで、朝から不機嫌で、という事例がいっぱい出ているわけです。そして本人たちは全くそういうふうに思っていないという事例集です。簡単に言うと「いつ怒鳴った!」、こういう話がいっぱい出てくるわけです。今怒鳴っているのに気が付かない。

これを置いておくと…。人によっては置いておくだけで怒られるかもしれないですね。「誰だ?こんなもの置いた奴は?」とか『自分が変われば組織も変わる』ってお前、変われって言っているのと同じですよね。今思いつきましたが、ちょっとリスクがありますね。


この間、すごい人がいました。若い新入社員の方で読んで、上司の悪さかげんが全部書いてあるといって読まれて感動したそうです。そしてその人、やはり女性というのは勇気がありますね、特に強調したい5ケ所にポストイットを張って課長の所に持って行ったのだそうです。「課長、是非お読みください。特にポストイットを張った所だけでも結構ですから。」勇気ありますね。大体組織では女性の方が勇気があります。申し訳ないけれど男はだめですね。ま、そういう目で見ちゃいけないという話を今日はしたのですけども…。

課長は何と言ったか。「これは良い本だな」と言ったそうです。「部長が読まなきゃだめだ。」いや、この事例は三社で出ました。一社だけじゃないんです。その部長が読んだ方がいいというのは、もうワンランクあるのです。部長が読んで「良い本だな、これは役員が読まなきゃいけない。」

これはよく読むとこういうふうに書いてあるのです。「自分に指を向けろ」と書いてあるのです。そこだけ読み落とすのです。

さっきの、「いいや、お金あげてみたいですね」、すなわち人は自分の関心事項からしか物事を見れないし、聞けないし、読み取れないのです。だからそうなてしまうのだなという…。

最後役員までいきました。役員までいって、役員がまた言ったのです「社長が読まなきゃだめだ。これは社長用の本だな。」そして社長が読んだら、「うちの社員に読ませろ」と堂々巡りです。冗談のように言っていますが、これは本当の話ですよ。


もっとすごいのがありました。この本を買って机に置いただけでご利益がありましたというちょっと信じられない世界の話がありました。これも前々回ぐらいにお話ししたかもしれませんが、この間またその人が来て本当にそうだとお話ししてくださったのです。

ある小さな会社の社長さんが、「とにかくアイディアを出せ」といろいろ言ってもちっとも出してこないわけです。「もっと会社を良くするための、商品開発のアイディアを出せないか」と言っても全然出してくれない。それで困ってしまったのです。そして私の経営者セミナーに出てくださいました。ともかく一回目出ると、「これを読んでください、二回目までに読みなさい」と言われるわけです。

山口の方ですが、自分の机に置いておいただけで東京に出張してしまったのです。読めなかったのです。戻ってきたら「社長、ちょっと話を聞いていただけますか」とみんながアイディアを出してきた。ですからその人は何と言ったか。「読まなくてもご利益があります。従業員が変わりました。」

なぜそういうふうに変わったのか。これは推測の域を出ないのですが…。これを机の上に置いておくだけで、読まないで机の上に置いておくだけで、読まないで置いて東京に出張して二泊三日して戻ってきたら従業員が変わっていた。『自分が変われば組織も変わる』という表題の本を社長が机に置いているということは、社長は自分が変わろうとしているとみんなが勘違いしたのはないかと。

そこからもう一つは、副題の『聴く耳が対話をずっと楽にする』。今まで人の話を聴いていませんから…。まず社長の机の上にあるものを開いて読みはしないと思います。「聴く耳だって…。おい、社長聴いてくれるぞ。」間違いなくダブルで勘違いしたのです。

それで戻って来たときに、「社長、話を聴いてください」となって、良いアイディアが出るようになって、会社が活性化しましたというのです。

ここまで話せばこの本、皆さんの手元に置いていただけますでしょうか。ただし何の保障もしません。それはたまたまそうなっただけだと思っています。これを拝めなんて言ったらおそろしい世界になりますからそんなことは言いませんが、そういう効果もあったという話です。全部本当の話ですけど…。


次の質問にいきます。これは名前が書いてあるので…。フロアにマイクってありますか?ありますね。JCのT木さん、いらっしゃいます?いちばん後ろの方で…。名前があるので直接ご本人から質問していただきましょう。結構いろいろ矢印が入り組んでいまして、これはしゃべってもらった方がいいなという感じです。簡単に質問してください。


【T木】T木と申します。今日は大変勉強になりました。ありがとうございました。商売を始めまして、今現在6年目なのですが、人と会社とがアンバランスになってきています。会社の変化が速くて、私自身もそうなのですが、従業員さんとか私自身の変化が会社のスピードについていかない。今、そういうジレンマにちょっと陥っています。

特にCSとかES、従業員さんの満足を会社の文化としてやっていこうと思っている中で、スピードの変化に従業員さんもちょっとついていくのが遅いんじゃないかなって感じています。ですのでその辺のバランスについて教えていただければなと思います。


【大久保】変化というのは何ですか。すごく成長しているということですか。そうではない?それともマーケットが変化しているのですか。変化についていけないという変化というのは何なのですか。

【T木】例えば良かれと思って最初に決めた会社の決め事が…。

【大久保】状況によって合わなくなる。

【T木】はい。

【大久保】そうするとその決めたことを変えなければいけませんね。

【T木】変えなければいけない。そうするとやはり、「今までこうやってきたんだからいいじゃないか」とか、「今までできているじゃないか」とか、「大した問題じゃないよ」というようなことで頓挫してしまうということが…。なかなかちょっとうまくいかないなというのを最近感じています。

【大久保】それ以外にどんなことがありますか。うまくいかないことを具体的におっしゃっていただくと具体的にご返答できます。

【T木】例えば従業員さんの配置転換ですとか、特に配置転換等で、今まで私はこの仕事が好きだからやってきて、例えば違う管理の仕事をさせますと、当然…。

【大久保】相手は嫌がるでしょう。

【T木】はい。やはり会社としてはその人の能力があると思ってお願いしていますので、そういう人が一人だけじゃなくていろいろな部署で出てきますと、やはり内部的にもうまくいかなくなってしまうことがあります。

【大久保】なるほどね。抜本的なことを提案させていただきますと、従業員の方は何人ぐらいいらっしゃいますか。メンバーは?

【T木】今は100ちょっとです。

【大久保】100ちょっとですか、結構なサイズですね。分かりました。いちばん基本は、自分の思いとか考え方を分かってもらう対話の場をきっちり作ることです。それからもう一つは、T木さんご自身が、100人であれば一人ひとりのことを分かってあげることです。

相手のことをどれだけ分かっているかというのは、さっき申し上げたように相手に対してものすごい説得力になるのです。自分のことを分かってくれていた上でこうだというふうにするのと、そうじゃなくてするのとでは全然レベルというか相手の反応が違ってきてしまいます。そのときにさっき申し上げたようにあるべき論で「いや、君はこういうことなんだから、今後こういうふうにすべきなんだよ」とべき論や理論でやっても人は納得しないのです。

 ですから別の観点で言うと、T木さんとその100人の方たちとのコミュニケーション、お互いに理解し合えているレベルを抜本的に上げるということが、いろいろなことに対してうまくいく、歯車がうまく回っていく、この施策になるのではないかなという感じがします。

 例えば従業員の方たちといろいろな話し合いの場というのは持たれていますか?

【T木】特にパートさんが多いのですが、そのパートさんでやはり優秀な方を引き上げてあげたりとか…。

【大久保】良いことですね。

【T木】リーダーにしていきたいというところで…。

【大久保】素晴らしいことだと思います。

【T木】やはり向き不向きがあるみたいで…。

【大久保】おっしゃるとおりです。

【T木】役員連中とのミーティングは年中やるのですが、今のお話の中で、じゃあ実際の現場のパートさんたちとのコミュニケーヨンとなるとやはり…。自分ではしているつもりでも、ちょっと足りないのかなというふうに今お聴きして…。

【大久保】物事の基本は自分の側から見ないで相手の側から見るというのと、ビジネスの基本はお客様ですから、お客様の側から見る。このベースをまずきっちりすることが必要です。そしてお客様の側から見ていちばん大事なのはやはり現場の人になります。それはパートなのかもしれない。いろいろなケースがあると思いますが、そこにどれだけ自分自身が焦点を当ててコミュニケーションを取るか。もちろん千とか万の単位になったら不可能なのですが、100人の単位だったらできるはずです。

 それから各役員クラス、別の人がコミュニケーションをとっているかもしれない。話し合いの場を持っているかもしれない。多分ミーティングの場を持っていると思います。ミーティングの場と話し合いの場は別です。

 私が言っているコミュニケーションというのは、仕事のこと、案件、それぞれをやり合うことではなくて、お互いのことを分かり合うことです。すなわちどういうことかというと、どんな気持ちで仕事に望んでいるのか、この人はどんな価値観を持っている人なのか。これが本当のコミュニケーションなのです。

この間もある大きな銀行の幹部が集まって合宿をさせてもらった時、何と言ったかというと、「お互いにどんな思いで仕事をしているかなんて語り合ったことがなかった。」すなわち一つずつの案件、項目ごとに論議はしていますよ。でもお互いが分かり合うということはしてなかった。そうなのです。仕事での話し合いはしているかもしれないけれど、対話、お互いを分かり合う対話というのは意外とやっていないのです。


それからもう一つ、T木さんご自身が言われたように、自分の方はしているつもりでも、相手から見たらしていないかもしれない。これは大切なポイントです。こちらは話を聴いているつもりでも、全然聴いてもらえていませんなんていうのはいっぱいあります。

この本の中にもいっぱいそういう事例が出てきます。「褒めすぎたら部下がいい気になった。」言われた方の部下は「一度も褒められたことはないですよね」と言っている。すごいギャップです。「私はいつも部下の話を聴くように努力している。本当に努力してやってきたんですよ。あなたが部下の話を聴いたら部下が変わると言ったじゃないですか。なぜ変わらないんですかね。」部下に「あなたの上司は本当に話を聴いてくれるようになったんですか」と質問すると、「全然変わっていません。」こんなの山のように事例としてあるのです。

それは何かというと、自分がそういうつもりでやっているというのと、実際にやれているというのは大げさに言うと何の関係もないのです。そして多くはできていないのです。

これもみなさん覚えておかれたらいいと思います。私は常に部下に対して、他部門に対してこのようなことを気をつけています。このようなことをやるように努力しています。気を配っています。それとイコールやれているというのと何の関係もありません。さらっと平然とすごいことを言ったでしょう。何の関係もないと言ったのです。逆相関はいっぱいあります。やっているというのがもっとやれていないというのはいっぱいある。そういう事例をたくさんもらいましたから言い切っているわけです。そのぐらい自分の認識と相手から見た理解というのは違うのです。

だから例えばコミュニケーションと言ったとき、本当に分かり合うということ、やはり一人ひとりの仕事以外のことをどれだけ知っていますかというのも一つです。そして全然知らないというケース、これは相手のことを理解していません。相手の仕事以外を含めた、その人の周りのその人自身を理解した時には、言葉の送り方も内容も多分きっと変わってくるような気がするのです。そうすると同じせりふを言っても、相手を分かった上で言うのと、分からないでこうやってくださいと言うのでは全然違う。これはベースの信頼性のレベルが違うからです。

そうなると仕事の進め方というのは全く変わってきます。やはりT木さんご自身にお願いしたいのは、100人の方であれば、その一人ひとりを本当に分かってあげるような対話の場を作っていただきたい。その分かるためにはどうしたらいいかと言ったら、話していたら分かることはできませんから聴くしかないです。本当に聞いてあげるということが大事です。

それから配置転換をしたとき、不満をもってなかなかきっちりやろうとしてくれないとか、不十分な感じで不平不満の顔でやっているときには、きっちりそこでまた話し合いをすることです。その時にさっき申し上げたようなことを考慮する。すなわちあるべき論で説得しないことです。「そうか、前の技術があったのに、こっちは知識がない所で申し訳ないな。」ああだ、こうだ言うかもしれない。「そうか。」こっちが相手のことを理解した分、実は自分はこっちをやった方が会社全体としては良いということが分かるかもしれない。

でもその大前提はまずこっちが分かってあげることです。多くはこっちが分かってあげるというステップを全部度外視して、「なぜ分からないんだ」、「なぜやろうとしないんだ」、「なぜ自分の気持ちを理解しないんだ」と言ってやはり指を相手に向けてしまっているのです。それではやはりうまくいかないのです。だから対話の場できっちり聴くということです。


それからもう一つ思い出しました。これはもう昨日、非常に良い発言をいただいたのですが、セミナーが終わって感想をうかがったとき、「私は時々部下から非常に難しい悩み、相談を受けて、どう答えようか悩むことが多かったのです。でも今日、セミナーに出てよく分かりました。必死に聴くだけでもいいんですね。」そうなのです。悩みを持ちかけている人というのは、いちばん多いのは悩みを聴いてほしいというのが多くて、解決してほしいというよりもそちらの方が比重が高いことが多いのです。「必死に聴いてあげることでよかったんですね。すごく気が楽になりました。」きっちり聴くというのが大事なのです。

それでまた別の話を思い出しましたが、ある方が問題を持って上司の人に言いに行きました。「それは君、これができていないからこうなるんじゃないか。だからだめなんだよ。」客観的に見たら正しいのです。しかし言われた方は不愉快になるだけです。「私はこんな大変なんです。」「それは君のやり方が悪いんだろう」と言うわけです。ところがある上司はこう言ったのです。「こんなんで苦しくて大変なんですけど…」と言ったとき、別の上司は「大変だったんだね」と目に涙を浮かべた。「よくそこまで耐えてくれたね。」何も言わなかった。相談を持ちかけた人は翌日から表情と行動が変わりました。

片一方はあるべき論を言いました。それを文章にして文字で読めば言っていることは正しいのです。でも相手は動かない。片一方、「大変だったのによく耐えてくれたね」と涙目で言って、あとは説明もアドバイスも何もなかった。翌日から変わる。この間もこれに近い事例をもらいました。


ここに一つの本質があるのです。やはり理解してあげることです。理解が先なのです。あるべき論ではないのです。頭の良い人はあるべき論で人を動かそうとします。本当にいいのかどうか疑問です。基本において人への認識力がない。人はあるべき論では動かないのです。これを分かってもらいたいと思います。

そこのところに焦点をあてたら多分会社の動きが根底から変わってくるのではないかなと感じます。よろしいでしょうか。

【T木】ありがとうございました。

【大久保】はい、ありがとうございました。


 次はですね、これはちょっと質問の意味がよく分からないのですが…。「個人のストレスを回避させ、楽しく仕事をするために、個人の責任を組織に転換する方法を検討しております。」これはどういう意味でしょうか。個人の責任じゃなくなるということなのかな?何かよく分からないのですが、質問していただいた方、挙手していただいてちょっとご説明いただけないでしょうか。お願いいたします。結構深い意味で書かれたのではないかなと…。

【質問】自分も脱サラ組なのです。大きな組織から独立して、という中で今やっている中で言うと、今日の先生のお言葉、すごく…。

【大久保】「先生」じゃなくて、「大久保さん」と呼んでください。よろしくお願いしますね。はい、どうぞ。

【質問】あの、遠慮なく「大久保さん」と呼ばさせていただきますけども…。

 組織の中というのも経験してきた中で言うと、大久保さんのお話ですと、その組織の中で個人責任というのが溜まっていきますと、これもやらなければいけない、あれもやらなければいけない、ああじゃない、こうじゃないと溜まっていくし、夜もう寝られなくなります。昔はよくそういう経験をしました。それはよく考えてみると何かなというと、個人の責任の中で果たしていかなければいけないみたいな、失敗しちゃいけない、やっぱり成績を上げていかなければいけない、業績を上げなければいけない、ノルマがあるよ、予算があるよという中で、全てがそういうのになってきてしまいます。

【大久保】そうですね。

【質問】組織の中ではそれがすごいストレスになったですね。でもこれは組織の中でお金を貰って生活をしていくためにはしょうがないよと。

 でも今独立してある程度自分が経営していますよという中で言うと、できれば楽しく仕事をしたいなというのはすごくよく分かる。楽しく仕事をしていく上でいちばん嫌だなというのは何だったかというと、組織の中の個人の…。

【大久保】そういう思いですね。

【質問】だから自分の所ではノルマもなければ何もないよと。そういう数字的な管理はいいじゃん、後からついてくるから頑張ろうよ、楽しくやれればいいな。それでそこそこいっているからいいなと思うのですが…。

【大久保】それはベストですね。

【質問】それでもやはりお客様との接点の中では、やはり個人の責任とかそういうのっていうのは出てきます。やはりいちばんストレスになっているのは自分の経験もそうだったし、今の社員のみんなから話を聴いてもやはりそういう評価ってあるんですね。人の目の評価、数字ではなくてやはり同僚から、上から、下からそういう評価。そういう評価のいちばんでかいというのが電話でのクレームとか、お客様からの「あんたの所のあの人はね」みたいな、そういう部分が非常にあります。それで優先順位が落ちていったり、すごく良く分かるのですが、落ちていったところでバンとお客様からのクレームが入る等々ということがやはりいちばんストレスになっている。それを何とか…。

【大久保】それをどう逃れるかということですね。

【質問】何とかそこを…。分かるよ。分かるけれど「別にそこはいいよ」とも言えない。

【大久保】それは「いいよ」とは言えないですね。

【質問】言えない。それを何とか組織として転換できるような仕組みみたいなのがあればすごく楽しく仕事ができるのかなっていう難問にちょっと取り掛かっていて結論が見えないというか…。


【大久保】組織として転換するよりも、今の話はやはり一人ひとりの人材の質を上げるしかないような気がします。組織としてのいろいろな評価基準とかじゃなくて、一人ひとりの、やはり今日申し上げたような物事の見方、考え方をきっちり確立していったならば、そういったミスもなくなるわけです。仕事の段取りもきっちり進むようになるし…。

だから抜本的なものは、一人ひとりの人の質の向上じゃないかなという気がするのです。

それからもう一つ、今の、前の方の話題でちょっとご説明しますと、なかなかノルマが達成できない、あれが問題である、これが問題だと悩んでなかなか寝られなくなったり、心がずしっと重たくなることがありますよね。悩みって出ますでしょう。例えば予定どおりに開発ができない、設計ができない、生産できない。売り上げが予定どおりいかないと悩みますよね。それは誰しもあると思うのです。

これを悩まなくなるにはこうしたらいいかなというのが一つあるのです。それは何かというと、悪い評価をされるんじゃないかといろいろあるのですが、究極は、組織の中で生きていて、全部じゃないですけど多くは、悩むいちばんの根本理由をたどっていくと、最後はやはり自分の評価なのです。売り上げがいかないからどうしようと悩むのは、どうして売り上げがいかなかったらだめなのか。自分の評価が下がるからです。究極は自分の評価が下がるということに関しての恐怖心から悩んでいることが多いのです。

これに対してはどうするかというと、一つは下がることを諦める。ほとんど参考にならなかったですね。「だって評価するのは相手なのだからしょうがないじゃない」と言って、それを開き直りというか、悟りというか、諦めというか分かりませんが、実は周りと他人の評価を気にしなくなるとすごく楽になります。

少しは気にしろよ、という人もいますよ。「俺は気にしないんだ」とそこら辺でひっくり返られたら困るわけです。そういう気にはしてほしいのですが、自分の評価が下がることへの恐怖心というのが多くは仕事への最大の悩みになっています。その場合には私はただ一つ、諦めろと…。

それよりもっと大事なのは、自分としてベストが尽くせているのかとか、自分として自分に恥じない仕事ができているのかどうかという座標軸、判断の軸を持つことです。自分なりの軸を持つ。他人の軸で悩むからそうなるのです。他人の評価軸を気にするから悩むわけで、やはり自分の軸で考えるべきじゃないかな、そうすると結構楽になりますよということだけちょっと申し上げておきます。


「仕事を楽しくやっていくときの基本は健康維持」

ちょっと時間がなくなってきてしまいました。ここは5時には全員が出ていなければならない会場なのです。CS極致の会場ですから…。時間がないので…。もうちょっと、あと大切で言い忘れたことがあります。

それは、仕事を楽しくやっていくときの基本は健康維持です。日本人の場合はいかに健康が大切かということを口では言っていますが、健康を害する生活を相当しています。これは全くだめです。そして壊れたのは会社がひどいからではありません。あなたがだめだからです。そして誰も面倒見てくれない。当たり前です。

例えば暴飲暴食なんて絶対にいけませんよ。やはり食べ物をどういうタイミングで、どれだけ、どういう環境で摂るかということにもっともっと気を遣うべきだと思います。

私自身努力してここ一年間で10キロほど痩せました。50半ば過ぎて突然10キロ痩せるというのは糖尿かガンかとなりますから、「大丈夫ですか?」と言われることがあります。実は努力してきたのです。

どういう努力をしたかというと、非常に簡単でありまして、まず量を減らしました。だって消費する以上にたくさん摂るから太るわけですから、すごく簡単な論理です。だから摂る量を減らせばいいわけでしょう。減らしました。

減らす方法のひとつはゆっくり食べることです。簡単に言えば噛む回数を2倍から3倍にしたら相当減らせます。これだけで随分変わってきます。時間をゆっくりかけて、のんびり食べるということをやる。それから夜遅くは食べないとか…。

それから最近は体質的になってきたのですが、脂っこいものとか肉類というのはほとんど摂らなくなりました。というか摂れなくなってきました。実はここ1、2年の話です。あの立食懇談会の場というのは不便ですね。肉類と脂っこいものとか味の濃いものが多いですものね。最近は懇談会というと食べるものがなくなってきました。お茶だけ飲んでますけども…。やはり食べる内容とやり方を考慮すべきです。

それから朝晩自分なりにストレッチをやったり、常に呼吸を意識したりとか…。

どれが効いたかは分からないのですが、ともかく10キロ痩せました。私なんか子供たちや家内に「痩せすぎじゃないかな。病気じゃないかな」と言ったら「いや、まだ痩せていいわよ」と言われて、これだけ基準が違うのかと思いましたけども…。

努力です。うっかり好きなものを腹いっぱい食べるのをちょっと連続でやると、元に戻ることのなんと速いことか。すぐブーッと膨らみます。ですからともかく腹いっぱい食べるのをやめました。やはり昔からのことわざどおりで、腹八分というのは良いんじゃないですか。

これはあまりこういうセミナーで言われる方はいらっしゃらないと思いますが、やはり最後は健康です。「私病気がちなんですけど仕事は楽しいです。」こういう方は少ないです。そうでしょう。それから病気がちになったときにはどうしても思考回路が否定思考になるじゃないですか。なりますでしょう。健康が基本だとあれだけ言っているのに、「いや、昨日も2時まで飲んじまってさ。健康大事だよ」なんて、言っていることとやっていること違う。そうでしょう。

それから日曜日とか休みの日はなるべく二食にしています。ここら辺は有名なバグジーの久保さんという方がいらっしゃいます。あの久保さんの師匠の北川八郎さん、北川八郎ってご存知ですかね。インターネット引けば出てきますが、本がありますので…。北川八郎さん、この人はインドで修行された方です。元々は全日空のパイロットをやっていて、その後はカネボウでご活躍されて、突然サラリーマンを辞めてその後インドに行ったというちょっと面白い方ですが、今は農業と陶芸を熊本の山奥でされています。その方の本を読んだとき、人間というのはそんなに食べなくてもいいんだなということを教えられて、その後オートウェーブでしたか、DO IT!シリーズにありますよね、あの広岡会長のお話を聴いて…。あの方が何と言ったかというと、「絶食というのはいかに健康に良いか。」

実はその年は食べないことがいかに健康に良いかという話ばかり聴かされてしまったのです。そしてみなさん素晴らしい仕事をしておられる方ばかりなのです。エジソンはご承知のとおり、ご承知かどうか分かりませんが、全ての病気をあの人は絶食療法だけで治しているわけです。なぜかと言ったら、体が疲れているのだから休ませればいい。食べると消化するためにエネルギーが大変だから、何も食べなければいいんだとそれでエジソンは全部治したそうです。というようなことをその年だけずっと集中的に学んでしまったのです。ともかく食べないと健康になるぞ、と。その時、健康医学というのはどうなっているのかなと思いました。

ところが現実にその方たちは元気で働いておられるわけです。病気一つしないのも事実。今多くの人はほとんどカロリー摂り過ぎではないですか。何か栄養学の話みたいになってきちゃいました。だったら摂らなければいいのです。だから今日来られている方、三食抜いたってほとんどインパクトありません。と言って抜いて倒れたといっても保障はできませんけども、現代の方はそれぐらい摂り過ぎているわけです。だから抑えた方がいいですよというのは事実みたいです。

ちょっと時間がないのでこれ以上やめますが…。要は健康維持ということでそれなりのことを絶対にされるべきです。夜疲れたからといってすぐに寝るようではだめです。やはりきっちりストレッチするとか、呼吸を整えるとか…。あのシャワーというのはだめだそうです。全然くつろげないそうです。腰痛のある方はシャワーは絶対にだめだと言われています。必ず風呂に入りなさいというのを整体の方はおっしゃいます。体は汗を流すだけではだめですよと言われます。ですから私自身は毎晩必ず風呂に入るようにしているとか、やはり少し工夫しているのです。


あとは是非この本をお読みください。詳細はこっちですね。それからあと、ご存知かもしれませんが、「いい会社をつくりましょう。」というこの塚越さん、伊那食品工業、かんてんパパの会社の社長のこの本は絶対にお勧めです。絶対に読んでいただきたい本の一つです。


それから最後に、なんと日本IBMの会長の北城さんが7月6日、これは来週ですね、人材育成セミナーということで県庁の9階の講堂で講演会があります。今、同友会の代表幹事で、テレビにもよく出てこられます。生で是非ご覧ください。もうテレビで見たとおりの穏やかさ加減ですから…。本当に穏やかな素晴らしい人です。滅多にオープンセミナーでこういう講演会というのは出られないと思います、聴けないと思います。鬼澤さんが努力して、実は直接コンタクトされて、このセミナーが実現していますので、これなんかも是非ご活用いただいたらいいのではないかというふうに思います。


それでは今日はこれで終わらせたいと思います。どうもありがとうございました。