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素晴らしき人に学ぶ / 2007年6月(設立7周年記念講演会)

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素晴らしき人に学ぶ
講師: 大久保寛司 氏 (人と経営研究所)

 ただ今ご紹介いただきました大久保でございます。水戸は毎年この時期にお邪魔させていただいています。自分にとっては修行の場みたいな所です。7回、8回となると、私程度の人間では話す中身がもうないですね。普通の講演の時はほとんど考えるのは5分とか10分とか、打ち合わせも全くしませんが、この水戸にお邪魔する時だけは半年ぐらい前から考え出します。もっとも何も浮かばないんですけど、ともかく考え出すんですね。そしてピークに達するのは前日です。もう締め切りですから、当然前日は相当…?。そしてその日の朝が最高のピークを迎えます。だからここにお邪魔する時の朝は大体何か書いていますね。そしてさらにピークは、上野から電車に乗った時がいちばんです。そこでストーリーを再度作っていきます。今回もいろいろ作りましたが、、、もっとも実際に話し出すとどんどんそれていってしまいますが。

ちょっと最初に確認をさせていただきたいと思います。私の話をここで聴かれるのが初めての方、どのぐらいいらっしゃいますか? うわぁ…。常連という表現はあれですが、何回かお聞きになられている方? はぁ…。鬼澤さん、これはすごく難しい。初めての方が相当多いですね。

先ほど鬼澤さんからご紹介がありましたように、ここのホームページでずっと講演録を載せていただいています。全国から非常にアクセス数が多いんですね。ここの講演録の質が高いのがその一因です。前に座っておられる鬼澤さんの奥さんがいつもボランティアでテープ起こしされるのですが、テープ起こしされる人間にとっては、その質が高いというのは大変ありがたいと同時に、非常にプレッシャーになるのです。ひどい人がテープ起こしすると、ほとんど言っていないことが書いてある、ということを経験したことがあります。ですから講演の5倍ぐらい時間がかかるということもあります。鬼澤さんの奥さんのテープ起こしされたものはほとんど手を入れる必要がないというか、実際中身より良くできてしまっているのではないかなというぐらいの内容でいつも作っていただいています。

最初に、茨城県経営品質協議会が7周年を迎えられたということに関してお祝い申し上げたいと思います。全国に協議会というのはたくさんあります。岩手とか秋田ぐらいから始まってずっとあるのですが、南は沖縄、九州、鹿児島もあります。いろいろな所があるのですが、多分全国の協議会で、ここの協議会の提供しているサービスのメニューというか内容は多分いちばん優れているだろうと思います。
ずっと会を維持し続け、かつ成長させていくというのは結構大変なことなのです。それがなぜできているかということに関しては、やはり先ほどお話しされた鬼澤さんご自身がここにいて、強い思いを持たれているというのが多分いちばんの根本要因だろうというふうに思います。

1回目からどういう内容でお話ししてきたかというと、目次だけになりますが、経営品質協議会、日本経営品質賞ですから、経営品質とは、ということでその内容をお話しさせていただいたこともありますし、やはり企業というのは基本的にお客様という存在があって成り立っていますから、そのお客様に焦点を当てた話。それからどうやったら本当に生き残っていけるのだろうかとか、個人の能力をいかに伸ばすかという観点で焦点を当てた時もあります。それからあとは組織全体をどうやったら活性化できるのだろうということでお話をさせていただいたり、リーダーシップに関してとか、転々と色々なテーマでやってまいりました。
最近思うのは、結局つまるところは個人だな、人だなというところにきています。ですから例えば「組織に勢いがある」という表現があると思いますが、組織そのものに勢いがあるというのはどういうことかというと、多分二つの局面があるだろうと思います。一つは勢いのある人がそこにいるということです。それからもう一つはチームワーク力。だから個が優れて熱意を持って勢いがあるということと、それがバラバラだと組織力ということにはならないわけですから、それがチームとしてまとまっている、この二つが組織力を向上させていっている時に出てくる要因ではないかというふうに思います。
つまるところ個人の仕事の進め方とか、仕事に対して臨む姿勢とか、考え方とか、多分そういうものが大事なんだろうなと思うようになりました。ですから今日は企業自身の紹介もありますが、その中で素晴らしい人の生き方から学んでいきたいと思っています。

経営品質に「ベンチマーキング」という言葉があります。初めての方が多いのでちょっとご紹介します。簡単に言えば、良いものを見て学ぼうということです。企業ではやはりベンチマーキングを通してお互いに学び合うということをやってきたと思います。良いところをとって、自分の所でも採用しよう。これはもう決して否定されるものではなくて、素晴らしいことだと思います。
それでは隣の企業でやっている良いことを真似して、自社で同じようにそれが成果を生むのか、そのとおりになるのかというと、これがまた全然別の話なのです。
例えば今回東京でオープンしたリッツ・カールトンホテル、お客様満足度で№1です。今はオープンしたてでちょっとまだ浮き足立っていますが、大阪の方を見るとよく分かります。そこには「クレド」という、簡単に言えば経営理念と行動指針を書いた小さなカードがあります。これを持って、毎日世界中で、同じことをテーマにお互いにいろいろな部門で語り合っているわけです。
あのクレドというのを見て、どれだけの企業が我が社も作ろうと言って…。信じられないぐらい三つ折りも同じならサイズも同じ、うっかりすると字のサイズも同じ、そして真似のできないのが「実行」ということです。カードを作るところまではいくのです。多くの企業の方はカードを作ったらそれで終わったような気になってしまうのです。なかなかうまくいかない。
実はクレドを導入してうまくいったところがどれだけあるかというと、作った企業は相当知っていますが、うまくいった所は二つか三つかな…。すなわち表面のところを真似してもなかなかうまくいかないんだなということです。
例えばリッツ・カールトンでは、隣の人に対して「ありがとうカード」というか「君はファーストクラスだ」というのは、お互いに、仲間同士最高の感謝の表現だそうです。「ありがとうカード」をたくさん貰うと、それが年間表彰で最高の表彰を得ると、海外へ旅行とかそれなりの表彰があるわけです。
「じゃあうちも『ありがとうカード』をやろう」と言って導入した所がどれだけあるか。その「ありがとうカード」にきれいな絵を印刷し美しく作るのですが、実際にはちっともそのカードが書かれない、使われない。書いたのは、といったらカードの絵だけということです。中身がない。やった所に聞くと「最初はやるんですけど…。」
大会社になると管理モードになるから、これがまた難しいところがあって、各組織単位でありがとうカードが何件出ているか、とかやるわけです。それで「おたくは出てないね」と言うと、これで談合が起こって、「お前、書け。俺も書くから…」と訳の分からない世界になって、結局何も機能しない。手段と目的がいともたやすく反転してしまいます。
なぜそうなるのかということです。これは表面の見えるところだけ見て良いものを採っても、それを実現することというのはやはり不可能なのです。目に見えないところがあるのです。目に見える部分と目に見えないところとあります。
地表でも海でもいいですが、下の方は見えない。上の方は見える。隣にきれいな植物が咲いているからといって、こっちに持ってきて植えたらどうなるかというと、この目に見えないところの質が違うと根腐れを起こすのです。根を張ることができないのです。
上の方は他の企業でも見えるのです。でも目に見えないところが見えるところを作り上げているわけです。実は大変難しいのですが、見なきゃいけないところというのは見えないところ。これもちょっと難しい表現になってしまいますが、見えないところほど見なければいけないということだと思います。
そこに見えているところの結果を出している要因があるわけです。これは多分考え方とか、価値観とか、もちろん組織力というのもあるかもしれない、多分いろいろなものがあると思います。みなさんもお考えになったら良いと思います。下の方の部分を見ていくことじゃないかなと思います。
ただし、表面的に真似しても企業としてはなかなか難しい面があるのですが、個人の仕事の進め方とか生き方というのは、良い人をそのまま真似ていったらだんだん根が生えるものではないかなと思っています。

ですからみなさんも素晴らしい人から学ぶというふうに考えたときに、周りに素晴らしい方ってたくさんいらっしゃるでしょう。中にはうちは全部だめだとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはないと思います。どこかにいらっしゃると思います。その人のどこが優れているんだということです。どうしてそれができるんだということを一度考えられたら良いと思います。
大切なのは、今ちょっとさり気なく申し上げましたが、自ら考えるということがものすごく大事です。考えない人はだめだなと…。ですから素晴らしい人を見たときに、何が素晴らしいんだ、それからどうしてできるんだ、これをみなさんそれぞれ組織に戻られたときに、一度ご自身で深く考えてみられると良いと思います。
細かい話になりますが、私自身が考えるときの癖は、思いついたものを紙に全く適当に書いていきます。整理した形で書かないですね。適当に書いていきます。ちょうど頭の中を出すようなイメージを、時々言葉が浮いてきますから、そういうのをダーッと書いていく。そしてそれを眺めることによって、さらにいろいろな考えというのが出てくるのです。やはり考えを深めるということはものすごく大事ではないかなというふうに思います。

実はこの間先ほどの鬼澤さんと一緒に、沖縄の沖縄教育出版という所に見学に行ってきました。沖縄教育出版というのは、会社名とは全く異なる仕事をしています。健康食品と化粧品の通販の会社です。それでほとんどは電話でのセールス受注ですから、働いている方は百何十人いらっしゃいますが、メインは40代から50代の女性です。60代の方も結構おられます。
知的障害の方、あまりこの表現は適切じゃないですね。障害というのは「害」と「障り」とありますでしょう。あの方たちは害も障りもありませんから…。何年か前にお邪魔した時は知的障害の方が3人、その次にお邪魔した時が5人、この間お邪魔した時8人に増えていました。それも結構重度の、重たい方がおられました。
実際に「朝、何食べてきた?」と聞いて、しばらく考えて「長嶋」と返事をした人がいるのです。長嶋は食べられないんですね。コミュニケーションがとれない。その人が何年か経った時、今何をやっているかといったら、後輩の知的障害を持った人に仕事を教えているわけです。
パッケージセンター、通販の会社ですからパッケージをします。大体そのセンターに勤務しておられます。そこに訪問してお話を聴いた時、感動したのは、「とにかくこの方たちは嘘をつきません。言われたことはきっちりやります。人の悪口を言いません。羨ましがりません。」いろいろなことを言われたのです。
事務所に戻って、経営者の方たちと「どっちが害があるんですかね?」と言ったのです。あの方たちは害も障りもない。「みなさんは嘘をついたことがありませんか?羨ましがったことはありませんか?人の足を引っ張ろうとしたことはありませんか?仕事をごまかそうとしたことがありませんか?」と聞いたのです。そうしたら全ての経営者がみんな「そうです」となるわけです。それに対して彼らは1回もそういうことがないというのです。素晴らしいことだと思います。
川畑社長という方を見ているとすごいです。その彼らを本当に抱きしめます、笑顔で。まあ、体が大きいんですよね。こう抱きしめる。
朝礼で体操があります。毎朝百何人で一時間朝礼をやっています。鬼澤さんも出ていただきました。鬼澤さんにはそれ以外に講演もしていただいたりとか、いろいろやっていただいたのですが、とにかくそこにいるだけで元気になります。一時間の朝礼で元気になるんですよ。普通の会社は朝礼をすると疲れるというか、あまりやる気が起こらない朝礼が多いのです。そういう場合はやらない方が良いです。朝からやる気をそいでいるわけですから、そういうのはやらない方が良いと思いますが、沖縄教育出版はその朝礼でみんな元気になっていきます。私どもがお邪魔した時には何か踊りがありました。沖縄の結婚式でやる、歓迎の踊りだとかいう踊りがあったり、仮装が出てきたり、何が出てくるか分からない。
その中で、最近入られた障害をお持ちの方が前に出てきてしゃべられました。名前を言って、二十何人知らない人が突然目の前に座っていますから、しゃべりにくいわけです。その時に一緒に行ったメンバーがいちばん感動したのは、『そのしゃべりにくい姿を見て、私の隣の従業員の方が小さい声で「頑張れ!頑張れ!」と言っていたのです。セミナー1.5日でこれがいちばん感動しました。』
その朝礼が終わった時に印象的だったのは、終わりますといった時に「はい!すみません、私にもう一度しゃべらせてください」と言って出てこられた方がいらっしゃいました。40代ぐらいの方ですかね。女性の方で、入社して3日目の方です。「しゃべらせてください。私は実は弟が知的障害を持っています。この会社に来て驚きました。知的障害のある人とない人が全く区分けなく、普通に一緒になって働いている。皆さんに一言お礼を申し上げたかったんです」と言って出てこられたのです。すごい話でしたね。
川畑さんは出身が宮崎県の都城という所です。そこの第三セクターで温泉施設みたいなものが倒産してしまって、地元、生まれ故郷に貢献したいというのでそこの再生を引き受けられたのです。なんとそこに8人のうち2人知的障害の人を送り込みました。知的障害の人が家から離れて過ごすというのは大変なことなのです。知らない人たちの中に…。そしてもっと驚いたのは、その2人は自分たちで手を挙げたそうです。「都城に行く人、誰かいるか?」と言った時に、その障害をお持ちの方2人が手を挙げた。「じゃあ行ってください。」
また感動の話がありました。障害のセンターに勤務しておられる先生が、たまたま何人かで都城を旅行されて、そこの宿泊施設に泊まられたのです。でも沖縄の方ですから、都城で、かつそこで働いているなんて絶対に想像つかないですよね。ところが本人なわけです。感動の再会です。「こんな所で働いていたのか…!」
ABCを知らない人が「僕、パソコンをやりたい」と言い、半年後にブログを書いているそうです。
川畑さんに言われました。「大久保さん、どんな人間でも成長するんだよね。成長させてないだけだよね。」すごい説得力ですよね。
その都城も素晴らしいということで、私も今年の秋、見学に行かせていただきます。川畑さんがそこを担当されて、最初に再生で行くわけです。二十何人の人のインタビューをします。総支配人から始まって、従業員全員が愚痴と不満の塊だったと言っていました。一緒に行った人は「今からでも手を引きましょう」と言った施設です。半年後に激変するのです。
その激変の一つのきっかけは何かというと、いろいろインタビューをさせてもらった時に、1人の女性は話を聴いただけで泣き出したと言っていました。川畑さんがそうおっしゃっていました。なぜか。その施設に入って以来、上の人から話を聴かれたことは一度もなかった。「あれやれ」、「これやれ」、指示しか受けていないのです。どんなことを考えているのか、何をしたいのか、そこに入って以来聴かれたことがなかったのです。ですから「あなたはどんな考えで、どんな思いをお持ちなんですか?」と聞かれて、何も言わないで泣き出したそうです。
1人の人は厨房で働いておられて、その方は何とおっしゃったか。「レストラン部門で直接サービスをしたい。」耳の聞こえない人ですよ。でも川畑さんは「本人がやりたいというのでしてもらいました。」耳が聞こえない人がレストランでサービスをするって難しいでしょう。「あれとこれ」と言っても聞こえないわけです。「私は耳が聞こえません」、体の前にに大きなカードをぶら下げて、そして応対をした。お客さんがそのカードを見た瞬間、優しくなられるのです。
そして彼女のホスピタリティというか、その姿勢というのはものすごく素晴らしい。レストラン部門全体が変わり出した。レストラン部門が変わることによって、その施設全体が変わりました。すごい話だと思います。
最初それを聞いた時、もう涙が出ました。「その彼女、耳が聞こえなくてね…。でもやってもらったんですよ。」そんな意思決定をよくできるなと思いました。「だって本人がやりたいって言うんだから…。周りが助ければいいんですよ。」
沖縄教育出版は、常にお互いがお互いに関心を持っています。やはり入社して3日目の方が朝礼でおっしゃっていました。「ここに来て驚きました。何かあったら常に声をかけてくれる。それから皆が笑顔。」皆が笑顔で声を掛け合っている世界、ここは天国と言ったらいいのかもしれません。そうすると、隣の人が何をやっているか知らないでしかめっ面というのは天国の反対ということになるのかもしれませんね。最近反対の所で働いている人が多いな、と思ってしまうわけです。
沖縄に行って、それ以外にもたくさんの学びをいただきました。決して最初からそういう組織だったわけではありません。でもそういう方が入られることによって、思いやりをもつことができるようになったというふうにおっしゃっていました。
やはり川畑さんから学ぶことというのは、人に対しての優しさではないのかと思います。朝、百何人座っている中で、訳の分からないことを口にしながら歩いている人がいるわけです。そうすると川畑さんが「見て、彼!朝からああやってみんなに元気を与えているんだよ」と言うわけです。あれが元気を与えているのかなと思うわけですが…。ところが嬉しそうな顔をしているわけです。そういう思いで一人ひとりが包まれているから、やはり組織が優しくなるのだと思います。
川畑さん自身、朝5時半から起きて掃除をしておられる方です。会社自身も7時半ぐらいからみんな出てきて、沖縄の国際通りとかいろいろな所、近所の学校とかを全部掃除して歩いています。でも決してそれは強制ではない。川畑さん自身が自らやり出されて、徐々に参加する人が増えていったということだそうです。
私自身が川畑さんからいちばん学んだのは、人への優しさを持った人は強いということです。優しさと強さというのは一見相反するようですが、多分見事に両立することではないかなというふうに思います。一見強そうな人は本当に強いんだろうか。優しさを持っていない人は本当に強いんだろうか。意外と弱いんじゃないの、という感じがします。

あさって、また鬼澤さんと長野県の伊那市でご一緒させていただきます。伊那食品工業という会社があります。伊那青年会議所の主催で「伊那経営フォーラム」が開催されます。伊那はなかなか不便な場所です。東京からも3時間ぐらいかかりますし、とにかく陸路で行くしかない。鉄道がうまくつながらないような所です。ものすごく不便な所なのです。
昨年その会で鬼澤さんの話されたことがものすごく印象的でした。「スイスのダボスという所で世界の会議をやっている。ものすごく不便な所です。だから不便な所は素晴らしいんだ」と言われた時に、素直に私も思いました。なぜか。「はるばる来たと思う。これが大事だ。」普通は、何か会議をやるのだったら便利な所と思います。事実みなさんも行かれてみたらいいです。本当にはるばる来たと思える場所ですからね。
そこでいちばんキーになっているのが、かんてんパパ、寒天を作っている伊那食品という会社です。ここのところ、そこの塚越会長という方と随分ご一緒させていただいて、たくさんの話をうかがってきました。その方からいろいろなことを教えていただいています。
基本、ご自身の理念というのは『いい会社をつくりましょう。』(文屋)という本に全部書かれていますが、ともかく企業は永続することであるというのです。
私自身も、塚越会長のお話をうかがって本当に目が覚めるような思いで、今までもやもやしていたのが全部吹き飛ぶような、そういう前向きな衝撃を受けました。
世の中には売上、利益を言っている所はいっぱいあります。何のための売上、利益なのですかと言ったとき、次にないのが多い。それは何か。売上、利益を上げるのが目的になっているから…。それが目的だと、次に「何のために」は出てこないわけです。
売上、利益は何のために必要なのか。企業が永続するために必要なのです。例えば製造業ならば設備投資が要ります。厳しい競争環境にあればいろいろな変化がある。それに対してやはり適切な資金というものがない限りは生き延びていくことができないわけです。だから売上とか利益というのは永続するため…。
じゃあ何のために永続するのか。塚越会長の思いは極めてシンプルです。「従業員を幸せにするためだ」と言い切っておられます。

伊那食品を訪問すると分かりますが、普通の企業を訪問したときと全く感じが違います。それは何か。一人ひとりがものすごく活き活きして明るいです。
この間お邪魔した時もそうでした。経営者の方何人かとブロックスという会社主催のセミナーで一緒に勉強させていただいていました。2月に行きました。伊那食品はいわゆる食品メーカーです。メーカーですけども、本社のフロアに入った途端、本社というのは総務とか人事とか財務とかそういう部門がある所なのですが、その人たちのいるその事務所に入っただけで何人かの人は感動します。なぜか。雰囲気が良いのです。流れている空気が非常に穏やか、そして温かいのです。実際に一人ひとりとお話ししていくと、もっとすごい話がたくさん出てきます。

もう延べ何十時間もご一緒させていだけたものですから、塚越さんから学んだことというか、教えていただいたことというのはものすごい量があります。
一つは、常に会長が持っておられるものがあるのです。それは何かというと「夢」なのです。夢を持っておられます。ある経営者の方が「会長、ここまでこられる間にたくさんのご苦労があったと思います。一つ、二つ、そのご苦労をお話し願えませんでしょうか。」ものすごく苦労された方です。その会長は何と言われたか。「苦労ですか…、私は忘れっぽいものですから…。夢の実現に向かっていると、過去の苦労を振り返る余裕がないんですよ。」すごいですよね。
実際にあの方のお話をうかがっていると、夢が常に語られます。この夢に向かって驀進していきます。ここに来る前に次の夢を描いている。そしてここにいく前にまた次の夢を描いている。
ある工場長の方とお話ししました。「会長のすごさは何ですか。」「はい、私たちには信じられません。小さい夢、大きい夢をよく語られます。あの方が語られて実現されなかった夢はいまだかつて一つもありません。」全部実現している。これは夢です。夢というのは野心ではありません。やはり世の中を良くしよう、地域を良くしよう、お客さんに喜んでもらおう、そういうことです。
塚越さん自身はものすごい美的感覚をお持ちの方です。お父さんが画家だったというせいもあるのかもしれません。写真家としてはもうプロ級です。本社社屋を見ると分かります。木立の間に本社社屋があります。別荘みたいです。すなわち木を活かしているのです。斜めの丘陵地を活かしているのです。ものすごく美しい。私自身もそこに入るだけで癒されるような感じのある建屋なのです。
目の前にかんてんパパガーデンという所があり、いろいろなレストランがあり、いろいろな物を売ったりもしています。そこのさつき亭という料亭なんかは、入り口を入る所に松がダーンと雨よけの屋根の所を突き抜けてあります。なぜかというと、普通だったら多分切ってしまうでしょう。木を大切にしているのです。ものすごく木を大切にしています。生き生きしています。やはりそれがその場所に対して優しい、木を順和させていくことになっているのかなと思います。
ともかく常に夢、目標を持って、いつも前を向いているのです。この反対は何か。いつも過ぎ去った後ろを見ている人がいます。どうするのかなと思います。後ろを見ていて、後ろを変えることができるなら見たらいいと思います。でも後ろを見ても、まず普通は変えられないですよね。やはり前を見てですね…。

それから先ほどの沖縄教育出版の川畑さんと同じように、思いやりというのがすごいです。それはいくつかあります。従業員への思いやり、ものすごいです。それから地域への思いやりです。
この間、長野県の別の企業の方とちょっとお話をしていたら、やはり長野では例外中の例外らしいです。何が例外かというと、まず業績、それからバランスシートの面でも優れている。ということと同時に何で有名かというと、すごいです、社員が活き活きとして明るいので有名な会社だそうです。社員が活き活きして明るいので有名だというのはすごいことです。長野の経営者の方というのはほとんど知っています。「そういうことを風の噂で聞いております」と言うから、その噂で聞いているという方に「見に行かれたんですか?」と聞くとまだだというので、「噂はどうか分かりません。見に行かれたらどうですか?」とお勧めしましたけれど、人への思いやりの深さ、強さはすごいです。
みなさんに対してここで話すのが適切かどうか分かりませんが…。この間もお話をうかがっていたら、すごい話を伺いました。従業員はいつか企業を退職します。その後に企業からの年金というのがあるでしょう。どこの銀行に聞いても、いろいろな企業から相談を受けるのは、いかに年金の額を少なくするかという相談が来るというのです。伊那食品はどうしたか。年金を上げたいと言ってきたのです。銀行から「それは変です。おかしいです。そんなことはすべきではありません」と…。結論から言うと年金の額を上げました。450人ぐらいの企業ですが、大企業、一流企業並みの金額にまでもっていったそうです。なぜそうしたのですかとお聞きしたら、たった一言、「だって大久保さん、辞めた後もたくさんお金を貰える方が嬉しいじゃないですか。」それを何とも言えない笑顔でお話しされる。
かんてんぱぱガーデンの所には、自分たちが会議をやるためのホールみたいなのを造りました。月1回全員を集めて会議をします。でも今自分たちの会議場として使えなくなっているのです。なぜか。地元にオープンで、使ってくださいと無料で公開しているわけです。ものすごい稼働率…。結局1日も空かないということで、会社の人は今度別の所に行って会議をするようにしているのです。その時もこうおっしゃっていました。「大久保さん、たったあれだけの投資で、こんなに地域の人に喜んでもらっているんです。安いと思わない?」この発想なのです。すなわち地域の人に喜んでいただけることがこんなに嬉しいことか。
ある工場長が言っていました。「その敷地は本社の隣です。工場を建ててください。なんでそんな訳の分からないものを建てるのですか。」建って数年経ったら分かりました。「会長が言っていたことが正しかった。たくさんの方に喜ばれている。」
伊那食品に行く時に、JRの伊那市という駅があります。私がお邪魔した時もそうでしたが、そこからタクシーに乗ると、すごいですね、タクシーの運転手全員がですよ、全員が「伊那食品に行ってください。」と告げると自分の会社のように伊那食品の自慢をするのだそうです。「あの会社はね…、あそこの従業員はね…」と言って自慢されるのです。すごい会社ですよね。
そしてお互いに手助け、協力するのは当たり前です。雪の多い地方ですから、本社の前の道路の側溝に時々車が落ちていることがあります。社員が本社に来て「おーい!車が落ちてるぞ!」5人、10人が嬉々として飛び出していくそうです。そんなに行かなくてもいいだろうと思うぐらい…。
「どうして外に飛び出して手伝うんですか?」とある方が質問しました。質問された方が何と言ったか。「困っている人がいるのを助けるのに理由が要るんですか?」そうですよね。「困っている人がいるのを助けるのに理由が要るんですか?困っているから助けるだけじゃないですか。」全てその発想です。
環境ということでは、ほとんど車で来られるわけです。エンジンを暖めなければならない。雪国なので、アイドリングしている間に排ガスが増えるということで、社員の駐車場には会社の経費で全部屋根をつけました。
会長の投資順位、優先順位は明確です。第一番目、従業員の働きやすい環境づくり。これがトップです。株主という発想はもちろん全くありません。明確におっしゃっています。「株は上場できない。今の株式市場では真の経営はできないから…。」例えば寒天の一つの新商品を作り出すには10年かかるそうです。「今のアナリストや株価を見る人たちというのは10年の単位でものを見ない。だから株は上場しない。」明確に言い切っておられます。それもこれも、企業は永続しなければいけないからです。
2年に1回、全従業員、450人が何人か単位で海外旅行されます。全員がですよ。これをある経営セミナーでお話しされた時、どこかの会社の経営者の方が「すみません、おたくは業績が良くて海外に行けますけども、うちみたいに業績が悪い所では何か他に方法はありませんかね。」「うちは苦しい時からやっています。会社を創って3年目からやっています。黒字になるかどうか分からない時からやっています。」
ここから何が分かるか。できない人はできない理由を言うのです。やる人はやるんです。
人手が足りないとなったら、ものすごく単純におっしゃいます。「人を増やしなさい。なぜもっと増やさないのですか。」
この間会長以下、役員だけの合宿で、みんなで語り合うという場に同席させていただいて、みなさんの語りを聴かせていただきました。「なんでもっと雇わないんだ?」「なんでもっと良い機械を入れないんだ?」「なんでもっと研究開発費を使わないんだ?」すなわちトップが言うことは何か。「もっとお金を使え!」すると部下の役員は「使ってます」と言い訳するのです。信じられない光景です。
それで経営としてどうなっているかというと、49年間の連続増収・増益・増員なわけです。私はやはり「奇蹟の会社」と思っています。
ショップもあります。寒天のいろいろな商品を売っています。そのショップも、ショップの人の応対というのはサービス業、ホテル以上かもしれません。この間リッツ・カールトンの高野支社長にお会いした時、「伊那食品の応対ってリッツ・カールトン以上ですよ」という話をしました。そのくらいです。だからといって応対の教育をしているわけではありません。みんな心からそういう形でやっているのです。

何度も申し上げますが、そこにあるのは人の幸せを願っているということです。みなさん、これを是非置き換えてお聴きいただきたいのです。私は経営者じゃないから関係ないではありません。自分がもしマネージメントする立場であれば、何人かの人を預かっているとすれば、その預かっている人たちに対してどれだけ思いやりを持っているかということだと思います。
私はよくいろいろな企業の幹部研修を合宿でお手伝いさせていただいています。どちらかと言うと役員クラスの方が多いです。その時によく申し上げるのは「みなさんはたくさんの部下をお持ちですよね。サラリーマンというのはある意味上司で決まります。上司を選ぶことは普通できません。その上司たるもの、部下に対してその人の人生を預かっているという感覚が欲しい。もう一つあります。その人の家庭…。その人の人生とその人の家庭を預かっているというふうに考えたときに、その言葉を使えますか。その態度をとれますか。」ほとんどノーになるはずです。でも本当じゃないですか。人とその人の家族を預かっているはずなのです。
その強さ、やはり川畑さんもそうだし、塚越さんもそうなのです。川畑さんはこの間こんなことをおっしゃっていました。「この間面接に来た人が、どうしようもない人なのですぐに採用した。」どうしてだと思いますか。「放っておいたらこの人は3日以内に自殺すると思ったから。」「しばらくの間いていただいて、だいぶ精神が落ち着いて、ちゃんと他で働けるようになったから辞めてもらいました。」徹底して相手を見ているでしょう。どうしようもないから採用したと…。
鬼澤さんと行った時もそうでしたね。新しく、学卒で経理のことを何も知らない人を経理にした。理由は何か。前経理をやっていた人は2年半やって自由にできるようになったから。普通ではこれは全然おかしいでしょう。できるようになったから代えた。そして全くできない、何の知識もない人にさせた。なぜだと思いますか。2人ともそれで成長するから。「その人はずっと経理をやっていたら成長しないから別の部門に移ってもらった。この人は経理をやることによって、よりずっと伸びると思ったから経理を担当した。全ての責任は私にある。」と。
どこに軸があるか。これはやはり共通して素晴らしい人の判断軸というのが相手の側にあるのです。相手にあると言い切っていいのか分かりません。自分、相手とこういうふうにあるとします。判断軸が限りなく相手に近い。相手側にあるのです。人によっては自分軸でしか見られない人がいます。これがなぜか組織の中においては肩書きとはあまり関係ない。偉い人だからといって相手側から見ているわけではない。たまたまいろいろな能力があって偉くなっているのです。大事なのは、どれだけ相手の側、相手の軸から物事が見ることができるかだと思います。
これをもちろん企業という観点に置き換えれば、企業とお客様ということになるわけです。これは地域ということでも考えられる。まさに経営品質賞の考え方です。地域であり、お客様であり、従業員であり、相手側に立ってどれだけ考えられるかということです。
そして自分から離れて、どこまで遠くの所に行って見ることができるか、この幅が一つの「人間の幅」ではないかなというふうに感じます。この幅のない人は自分からしか物事が見られない。いわゆるわがままという方は、ちょっと適切かどうか分かりませんが、人としての成熟度というのがあまり高いとは言えない人ではないかなと思います。
ですからみなさん自身も、常日頃何かをするときに、いかに相手側から物事を見ることができるかということです。今自分はこのどの辺りに判断軸を置いて今の状態を見ているのかということをお考えいただくと良いと思います。これは家庭においても言えます。全部言えます。いかに相手側からです。
そして判断軸が変わったときには、みなさんもお分かりいただけると思いますが、景色が全く変わります。同じものが全く違ったものに見えてきます。物事というのはどこから見るかによって全く違います。どこからどのように見るか、これもなかなか難しいというか、重たい言葉です。

私自身はセミナーをやる前に必ず本を読んでいただきます。それはなぜかと言うと、セミナー1日ではなかなか気づきが生まれにくいだろうということです。必ず本を読んでいただき、感想を書いていただくということよくさせていただいています。これも全部気づいてほしいからです。
感想というのは本当にいろいろありますね。そしてちょっと厳しいことを申し上げますと、本を読む、人の話を聴く、見ることによって、何を見ているかご存知ですか。見ているのはたった一つなのです。自分の中です。自分の中にないことは読み取れない。知識と情報は違います。知識と情報は付け足していくものです。しかし物事を見る、観察する、感じるというのは何か。芸術でもそうです。焼き物でも、絵でも、音楽でも、自分の中になかったらなにも感じることはできないのです。
すなわち本の感想というのは、実は書いていただいて非常に恐ろしいことを自分は要求しているのです。一言で申し上げますと、本の感想にその人の人格全てが出てきます。人によってはつまらないと言う人もいます。すごいと言う人もいる。その間にたくさんの人がいらっしゃる。
すごい人になればなるほどどうなるかというと、全部自分の中を見るだけですから、例えば私がこのレベルの話をしたとします。すごい人はもっと上のレベルの気づきを持つのです。逆にこのレベルの話をさせていただいても、下のレベルの気づきの方もいらっしゃいます。全部自分なのです。
焼き鳥屋のおやじさんの雑談を聞いて、「おやじ、ありがとう!経営のヒントをもらったよ!」おやじさん、言っている方はよく分からない。これです。それは何かと言うと、言っている方は単なる雑談。しかしその中から自分が感じ取る力…。ですから感想を書くというのはすごく怖いことなのです。
この間ある地域で経営者を集めて合宿の研修をさせていただいた時に、こんなことがありました。始まって1時間ですごい不愉快な波動を出す人がいるのです。良いか悪いかは別にして、最近波動というのを物理的に感じる感覚が少しでてきたものですから、息苦しくなるわけです。こちらにしてみれば「高い金を払って1.5日やるのに、1時間ぐらいでそんなにふてくされないでくださいよ」と言いたくなるわけです。大袈裟に言うと、「あなた、帰ってください。セミナーを乱しますから…」と言いたくなる。まだ私自身人間ができていないものですから…。不愉快になりますから、自分もできてないなと思いました。当てると結構笑顔でしゃべるのですが、しゃべり終わった後、ムスーッとしているわけです。全員が笑っている時に、1人下を向いてムスッとしている。この雰囲気、分かりますか。わずか18人で1人それです。この中の1人ぐらいならまだ消えますよね。18人に1人がこれ…。
最近私が思うようにしているのは、「あ、自分の鍛錬の場が来たな。」こういうふうに自分に言い聞かせるようにしているのですが、これがまた常に自分に言い聞かせられなくてですね…。これを常に言い聞かせられる人間になりたいと思いますけど。
僕自身はお酒を飲みませんが、セミナーが終わった後、飲んで語り合うというのをものすごく重要視しています。私は飲めないので、飲まないで語り合いますが…。
夜はその方が横に来て泣くのです。泣き上戸ですよ。たまりません、これは…。事務局の方に「あの方は泣き上戸なんですか?」と聞いたら、「あの人は常に冷静な方です。」結構業績がずっと良いのです。30後半から40そこそこの方で、バリバリにやっておられる方です。
一人で酒を飲みながら、なんで泣いていたのか。私の横で、ですよ。「僕が間違っていました。私は自惚れていました。部下に申し訳ないことをしました」と泣いていたのです。何だったのか。
わずか1時間で気がついた人がいたのです。あとは言葉は入らないのです。反省のモードに入ってしまった。私も反省しました。まさか反省しているとは思わないで、帰ってほしいと思ったんですからね。いかに自分ができていないかを痛感しましたよ。私自身、いかに見る目がないかです。反省モードなんです。
彼は何と言ったか。部下の部長さんたちを集めて、「課長連中がだめなのはお前らが悪いんだぞ!」と言っていたというのです。でもよく考えたら「部長が悪いのは私のせい」というところまでいかなかったというわけです。「だいたいあなたたちは仕事をしていないで、課長やそれ以下が仕事をしているんだろう!お前らは課長以下に感謝したことがあるか!」と怒鳴っていました。「私、よく考えたら部長に感謝したことがなかったです。実は部下に言っている言葉を全部自分がやるべきだったのに、何一つできていない。いかに愚かな人間だったかということに、セミナーが始まって1時間で気がついたのです。」すごい人でした。そして何を考えていたか。「事務所に戻って、幹部を集めて謝りたかった。」これが気づきというやつです。ここの気づきというのはすごいです。
一方こういう気づきもあります。「大久保さんのセミナー、面白いですね。吉本より面白いですよ。」この人、何もないのかなと一瞬不安になってしまいますけどね。
この間も別のある会社で幹部に集まっていただいた時に感想をお聞きしました。こんな方がいらっしゃいました。「こんな不愉快なセミナーは初めてでした。途中で帰りたくなりました。でもまた来ると思います。」彼は途中で涙していたのです。
実は私がセミナーでメッセージした内容は、彼の過去の人生をほとんど否定するような内容だったのかもしれません。いたたまれないですよね。自分自身の過去やってきた正しいと思っていたものが、ガタガタガタと崩れていったのです。すごく苦しいです。でも気づきなのです。私は申し上げました。「素晴らしい気づきを得られましたね。」
気づきというのはこういうものなのです。気づかない方が楽です。気づくと本当に苦しいです。「気づく」と「傷つく」と同じぐらいの感じがします。それぐらい毎回きついなという思いを私自身も持ちます。
最近私はとんでもないことに気がつきました。それは、自分は何か少し知っているかなと思っていたのです。でも何も知らないことに気がつきました。最近は自分が知らないことに気がつく日々なのです。ずっと生きていくと、どんどん何も知らない自分に気づき、最後には何も知らなかった、無になるのかもしれないです。そんな感じがします。
だから自分はすごいと思っているほうが楽しいかもしれません。でもそれでは多分真の成長というのはないのだろうと思います。
とにかく人は気づかない。これはこの場でもたくさんお話をさせていただきました。一つ言えることは、人は自分が見えないのです。どのぐらい見えないかというと、最近思っているのは、まるで見えない。恐ろしいぐらいにまるで見えない。そして自分だけは分かっていると思っている。自分の姿を自分側から見ている間は、相手側から見ることはできないのです。相手側から見なければいけない。
例えば企業で今、上司だけの評価だけではだめだ、部下の評価を、360度評価ということを大企業ではやっている所が多いです。いろいろな目で評価しよう。
今年の春先に、面白い、全く同じ実話を二ついただきました。360度評価で、周りの人から否定的なコメントをたくさんされた方がいらっしゃいました。あまりに周りの評判が良くないから、この方はトレーニングセンターに行かなくてはならない。本人はトレーニングセンターに行けと言われると「なぜだ?」と言うわけです。「身に覚えはない。周りはどういうコメントをしてるんだ?」「見せられません。」「見せてくれ」「そうじゃないと自分が何を変えていいか分からない。」人事部門は仕方なく出しました。これを見て次に彼が何と言ったか。「誰が言ったか教えてほしい。」理由は明解なのです。全員誤解しているから…。もちろん人事部門はノーです。「じゃあトレーニングセンターに行かない。全員誤解しているんだから…。」彼が家に帰り、そのシートを持って「見ろ」と奥さんに突きつけたのです。「俺は会社でこんなに誤解されてるぞ。」奥さんがじっと見ていて「わぁ、全部当たってるわね。」そして「実はこの際だから申し上げますけど、まだありますよ・・・」ときたわけです。本当の話です。
それを翌日別の企業の方にお話ししました。その企業でも360度評価というのをやっていました。「特に部下のコメント、思わず誰が書いたかを追及したくなった」と言っていました。「そして家に持ち帰って妻に見せたところ、私も全く同じことを言われました。『全部当たってるわ。』」
実はこの事例というのはものすごくきつい事例です。なぜか分かりますか。「全部自分と違う。誤解だ。」と思っていることが全部当たっている。自分が見えない。人は目がここについています。目がこの辺に浮かんで見ていれば見えるのですが、人は他人しか見えないようになっているのです。
じゃあどうしたらいいか。ここはやはり他人の評価を謙虚に受け止めるということがものすごく大事です。企業も人も、やはり謙虚さのない人というのはあまり美しくない。もちろん自信は必要です。でも自信と謙虚さというのを両立させることができるのです。
勘違いと傲慢、これは良くないですね。それはやはり雰囲気になって出てきます。例えば私は一切使いませんし、好きではありませんが「君、何々してくれたまえ」という言葉があります。私は横で聞いていると、「あなた、人としてそんなに偉いのですか?」と言いたくなります。
人によっては相手の肩書きによって、なんとお辞儀の角度が変わるという能力を持たれた方がいらっしゃいます。これも一つの対応能力と言えば能力です。でも肩書きによって変わるというのは、相手が肩書きがなくなったらまた高くなるんですかね? 私からするとすごくみっともない生き方だと思います。

いつかテレビでもやっていましたね。「俺も今日から課長だ!」とかやっていた覚えがあります。最近テレビを全然見ないのではっきりしませんが…。
みなさん、ニュースも見ない方がいいですね。ニュースを見ないと平和ですよ。だから僕はやめました。ネットで見出しを見るだけです。十分です。大体朝丹念に新聞を読むというけれど、夕方聞いてみると何にも覚えてないですから…。何も覚えていないことを朝熱心にやっているというのは意味がないですからね。それから新聞を1週間ためて読むと良いです。今日読もうとしてその新聞を見ると、1週間前の結末が出ていて、前のは全部どうでもいいものになります。そうすると実は明日は、今日もどうでもいいものになるんですね。ということはずっとどうでもいいことしか書いてないのです。だから新聞とテレビを見ないとものすごく人生豊かになります。本当です。
かつ新聞なんていうのは無茶苦茶偏っています。だいぶ本論から外れてますけども…。例えば姉歯事件も悪そうな人がいっぱい出てきたじゃないですか。悪かったのは姉歯さんだけですからね。あと全部無罪でしょう。全部メディアに作られた情報だったのです。雪印もしかりです。徹底的にバッシングしましたが、実際にはほとんど無罪。メディアがどんどん勝手に有罪にしているだけです。
これはメディアに対しての物事の見方、考え方というのを常に持っておかないとだめです。ほとんどミスリードされます。感情的にやっています。そして最後の結末で自分たちが違っていたということをメディアは一切出しません。自分たちの非ですから…。また次の所を責め立てるだけです。どうしたらいいか。見ないことです。
例えば今回もグッドウィルのああいうのがありました。人によっては「顔が良くないからな」とも思います。それはもう私も否定をしていいのかどうかもよく分かりませんが、だからといって叩いている時に、それが本当かどうかというのは常に冷静に見る必要があります。メディアは捏造しますから8、9割は嘘です。ということだけは覚えておられたらいいですよ。
見事に悪人のように仕立てます。なぜかと言うと、悪人のような表情のシーンだけをどんどん出していきます。ストーリーをどんどん作っていきますでしょう。これは今日の本論とかけ離れるのでやめますが、ともかく情報の見方、考え方というのはそれぐらい大事であると同時に、もう一度申し上げますけども、とにかく自分が見えないということです。

とにかく「他人の言葉を謙虚に受ける」ということと、もう一つは「他山の石にする」ということです。
あ、思い出した…。さっき「俺は課長になった」という話からだんだん変わってしまった…。こんな調子ですから、だいたい事前に考えてもいつも意味がないのです。
課長になったというと、それで浮かび上がる人がいるでしょう。そして課長より下の人を上からの目で見る人がいるのです。すごいですね。
すなわちそういう姿を見て私が考えたのは、肩書きというのは背中についているアドバルーンみたいなものです。部長になるともっとでかくなるのです。役員になるとこうです。そうするとプーッと浮き上がるのです。でかい肩書きですから…。なぜ浮き上がるか分かりますか。軽いから…。いやいや、そうなのです。軽い人は浮くのです。
ところが恐ろしいことに、このアドバルーン、突然パンと割れてなくなるのです。例えば部長が課長なり、係長なり、ヒラなら軟着陸可能なのです。「俺も役員だ!車が迎えに来る!」ある日突然全部なくなるのです。だから執着するわけです。バーンとなると、高く上がっていた人ほどドーンと落ちてここにひっくり返るわけです。中にはあまりの高さから落ちて潜る人もいるわけです。こういう人は何と言っているか。「周りは俺を理解していない」とかいろいろ言っている人がいますが…。もう哀れな人がいます。会社を辞めた時の名刺をずっと刷り続けるという…。ずっと過去に生きることにここまで徹しているというのもある意味立派かもしれませんが、ちょっと寂しい生き方ですよね。
ここで浮かび上がる人間はみっともないです。日本には良い言葉があります。「見苦しい」、見て苦しい。見苦しい生き方をしている人が多いです。見苦しい生き方をしている人の一つは、こういうことで浮かび上がるとか、やはり自分のことだけを中心に物事を考える。これはやはりあまり美しくない、見苦しい生き方ではないかなというふうに思います。
ですから先ほど軸という話をしましたが、自分の利益とか、上司の評価とか、もちろんそういう軸で生きていく生き方もありますけども、あまり面白くないですよね。
私自身もサラリーマンの時にすごい経験をしました。みんなで議論して、A、B、C案でAがいいなと言ったら、その時突然本部長がその会議室に入ってきたのです。みんながA案でいいなと言っていたのに、本部長が入ってきた途端「これはC案だな」と言いました。その途端、副本部長が「C案がいいですよね。」見事な人だなと思いました。人間、こんなに瞬時に変われるかというぐらいですね。その方は周りの信認を失って1年以内に辞めることになりましたが、それはそうですよね。その人なりの一つの判断軸なのでしょうけどね。上司の意向には絶対に逆らわない。もちろん正しければいいですが、そうじゃない場合はやはりつまらないということになるのではないかと思います。

ここの月例会で、来年2月にまたバグジーの久保さんに来ていただくと聞いております。本当に素晴らしい方ですよね。美容業界では恒常的に黒字を出し続けているお店がもう1割ないそうです。38万軒ぐらいあるのかな、美容院といわゆる床屋ですね。その中でずっと毎年10何%業績を伸ばし続けているという奇跡の会社です。業界では奇跡です。1年以内に半分以上辞めるのが業界の普通ですが、もう5年以上、誰一人辞めていない。とにかくいろいろな指標を見ていくと、まさに奇跡そのものを美容業界でやっている方です。
そして業界を超えて、今超著名人です。多分企業単位でいちばん久保さんを呼んでいるのは、あの何兆円も利益を上げているトヨタだと思います。トヨタ本体がいちばん呼んでいます。わずか100人ちょっとの会社の、数億円の所の人の話をいちばん聞いているのがトヨタです。そこにまたトヨタのすごさというのがあると思います。
久保さんの生き方からもいろいろなことが学べます。さきほどの伊那食品もそうですが、やはり何と言うのですかね、これがなかなか難しいのは、すごい生き方ができている人というのは、ものすごい苦しみとか悲しみを通り抜けた人が多いなと思います。
例えば塚越さんという方は、戦前の貧しい時に結核になりました。当時結核はある意味不治の病です。高校3年間病院に入院していたという方です。3年間ですよ、その時にどれだけ暗くなったか、何を考えたかと思いますよね。その方がある意味では超優良企業、世間からもものすごく注目される企業を実現されておられます。やはりそれはとてつもない苦しみ、悲しみの闘病生活を通り越えているということです。
久保さん自身も順風満帆だったのが、従業員がどんどん辞めていって赤字になって、自らも自殺しようとします。よく経営者で言われるのは、自殺寸前までいってそれを通り越えた人、通り越えないとだめですよね、通り越えない人はそこで終わるわけですけども、通り越えた人、突き抜けた人というのがやはり何かを為しているのかなと…。
それから素晴らしい人から学ぶことの一つというのは、やはり苦しみとか悲しみを突き抜けて、すなわちその困難に面して、それを越えて、その時にやはり大きな成長があるのかなというふうに思います。
その困難に直面した時に大事なのは、逃げないということなのです。多分逃げて解決できることというのはないのだろうと思います。嫌な上司だと言って、その上司から何とかやっと逃げおおせたと思ったら、全く同じタイプの上司に仕えるなんて人もいるじゃないですか。多分そうじゃないのです。自分が上司をそういう形にしているんだと思いますけども…。逃げない。
そしてやはり言い訳をしない。人に哀れみを求めない。人に哀れみを求めて、自らが成長し、発展することはまずないでしょう。言い訳をして、その言い訳が通ったとしても、相手は納得しますか。「そう…」と言うだけです。多分納得するのは自分だけです。表面的に…。それもやはりつまらない。やはり他人のせいにしない。愚痴を言わない。そういったところで突き抜けてくるのではないかというふうに思います。

哀れみを求める、「私、こんなに大変なのよ…」これは誰でも言いたいですよね。誰でも人というのは理解してほしいですから、そういうふうな言葉を他人に語りやすいですよね。理解してほしい。これは老いも若きも一切関係ないと思います。
なるほどなとこの間感じたのは、仕事をしていていろいろな苦しみ、困難というのはあると思いますが、人に対して不愉快になるいちばんの根本の一つ、これはすなわち求めるからです。ここまでやっているのに…。もうちょっとこうしてくれたらいいじゃないか…。多分会社の中でも、家族の中でも、どこでも全部同じだと思います。求めるところで求めると、どうも苦しみというのが出てきます。
この反対は与える、与える側です。与える側に回ると、求めていた時の苦しみというのは多分ほとんどなくなっていくのだろうなというふうに思うようになりました。
そして先ほどどこまで自分から離れて見ることができるかということと、どこまで与えられる側に回るかというのも、多分その人の人間の大きさなのかな、そんな感じがします。小さい子供というのは求めるだけですよね。もっとも大きくなっても求めるだけの人もいらっしゃいます。そういう意味では、小さい時と精神的成熟度はなんら変化していないということになるわけです。そういうことではないかなというふうに思います。ですからいかに与える側に回るか。
久保さんは何を与えてくれると思いますか。あの人と会っていると誰でも分かります。元気をくれますよ。みなさんの周りにもいませんか。この人と会っていると元気が出るという人…。反対の人もいますよね、もう見た瞬間やる気を失うという、そういう人たちも中にはいるわけです。
みんな活発な議論をしていた。部長が入って来た途端、シーンとしてしまった。「なんで議論しないんだ?」まさか「あなたが入ってきたから」とは言えないですから…。その人が大変きついのは、自分がいる時といない時の差が分からないということです。その人が知っているのは自分がいる時だけですから、見えないわけです。
やはり久保さんを見ていると、ともかく誰に対しても、どんな時でも…。あの人のいちばん多い言葉というのをご存知ですか?「ありがとう」です。
久保さんの師匠の北川八郎さんという陶芸家がいらっしゃいます。熊本の山奥で、この世で生きている仙人というのはこの人だという感じの人です。白い髭を生やして…。本当に仙人というのはこの世の中にいます。そういう人です。いろいろな書籍もあるので、ご覧いただいたらいいと思います。
その方の所に連れて行っていただく時、高速道路を運転していくわけです。初めてでしたね、言われてみればうちの家内もよくやっていたなと思うのは、高速道路でお金を払う時に「ありがとうございました!」と言っているのです。お金を払うのに、ありがとうございますと言うのか…?これが数年前の自分です。それを違和感を持って見ていた自分がいたのです。情けない自分ですね。もう今は自分も言うようになりましたけども…。
タクシーに乗る時も、降りる時にも、どんな時にも、とにかく「ありがとうございます。」そして先ほど申し上げましたように、久保さんは相手の肩書きとか、地位によって「ありがとうございます」のトーンは変わりません。これが大事じゃないかなと思います。
そして常に会っている人に元気をくれる人ですね。みなさん、どうですか。やはり元気をくれる人、それがいいですよね。この反対が何かというと、会っているだけで吸い取る人です。エネルギーを吸い取られて、その人と会い終わった後はもう何もやる気がしないというのがありますよね。
この間もひどい例がありましてね、ある会社のトップの方が一所懸命なんですよね。全国の拠点を回って、対話集会をやっているというのですけども、その方が行った後は全員やる気をなくしているというのです。それはなぜかと言うと、対話というふうに称しながら説教ばかりやっているからです。だからその人が行かない所の支店の業績はまあまあなのですが、行く所、行く所が下がるのです。でも見えないですよね。「俺が行くのになぜ下がるんだ?行かなかったらもっと下がった。」違うと言いたいのですが、分からないのです。
そこから学べることは何かというと、一所懸命が良いとは限らないということです。組織の中に、その人は一所懸命しない方がいいという方、いらっしゃるでしょう。必ずいらっしゃるのです。その社長さんもそういう方でした。
僕も月に1回ぐらいお会いしていろいろお話をうかがうのですが、久保さんとお会いしているとともかく飽きがこない。なぜ飽きがこないのか。話が楽しい。もう一つ、常に新しい話題を持っているのです。それからやはり彼自身表情が生き生きしています。
美容業界というのは高学歴の人は少ないのですが、彼は中学を卒業してこの業界に入っています。ただし海外でも相当トレーニングしていますし、今とにかくすごいのは、何が本業だろうというぐらいです。年間講演が300回を超えますから…。そして堂々と言っています。「ビジネス書は200冊ぐらい読んでいます。」学び続けているのです。だから講演に行くトラベルタイムというのは全部勉強だと彼は言っていました。いつ寝るんだろうという感じの人です。
体力もあります。私なんか講演とかセミナーが終わった後、1人で放っておいてくださいというタイプですけど、あの方は「じゃあ飲みに行こうか!」とか言って、12時、1時まで飲んで、翌朝ケロッとしてまた行くんですよね。あの体力はどこからくるのかなという感じがします。

やはり学ぶ姿勢が違います。この間もブロックス主催で東京でセミナーをやった時に、メインの講師が久保さん、それからヨリタ歯科の寄田先生、これがまた素晴らしい方でしたけれど、お2人に来ていただいて、あと部下の方、従業員の方も1人ずつ、全4人…。私はコーディネーターで、こっちに4人並んで、質問をぶつけたり、解説したりするわけです。面白かったのは、私がちょっと解説するでしょう。いちばんメモをとっていたのは聴衆ではなくてこの4人ですから…。学ぶ姿勢です。普通は、「私はパネリスト」だとメモをとりません。この人たちの方がメモをとっているのです。久保さんが雑談をしていると、突然メモをよくとられます。
すなわち学ぶ力です。「ぶ」を取ると学力ということになると思います。学歴は中学かもしれない。しかし学ぶ力、学ぶ姿勢というのは際立って優れています。
よく分かりませんが、多分人は学び、成長することに喜びを感ずることができるようになっているのではないか。ですからずっと成長しない人というのは、やはり喜びを感じる質量というのがなかなか変化しないのではないかなという感じがします。
大事なのは、学ぶか、学ばないかというのは、全部本人が決めることなのです。どんな場でも学べるわけです。

もうあの方はいわゆるメディアに出てくるような超有名人の方、いろいろな方と随分講演されています。あれほどありとあらゆる業界に行かれている方も…。なにせ年間300回超えているんですからね。「この間、こんな人と講演してきた。」よくメディアに出てくるような、いわゆる知名度の高い方たちですね。じゃあ彼がいい気になって、俺は偉いんだ、すごいんだと思うかというと、全くそういうことはありません。
今回のお手元の資料の、大きいのにもありますが、ICPEレポートの鬼澤代表レポート、「繁栄の法則」のことがちょうどここに書いてあります。久保さんには北川八郎さんという師がいらっしゃいます。先生ですね。さっき申し上げた仙人です。この世の仙人みたいな人です。この人が時々久保さんをきっちりとガイドしてくれているわけです。毎月最低1回は行かれます。ご本人がおっしゃっていました。「2ヶ月間お会いしないと、やはりお金の方、業績の方に自分が寄っていくのが分かる。」あそこまでなった人でも、やはり毎月心の修正を図る必要があるみたいですね。
難しいなと思いますのは、例えば植物を育てる方はよくお分かりだと思いますけども、日本中どこでもほとんどそうですが、信じられないぐらい雑草というのは種を撒かなくても生えるのです。普通の植物は面倒を見ても枯れてしまうわけでしょう。ところが雑草というのは撒きもしないのにいつ生えるんだ、どこから来たんだ、また信じられないぐらい生命力もあります。どうしたら雑草を生えないようにできるか。常に抜くしかないのです。
多分この世界に生きていると、知らぬ間に心の中に雑草の種がどんどん入ってくるんじゃないかな。それが増殖するんじゃないかな。成長してしまうんじゃないかな。だから撒かぬ種は生えぬと言いながら、雑草というものは知らない間に生えてくる。心の雑草ですよ。ならば何が大事かといったなら、常に己の中の心の雑草を抜き続けるということをしない限り、多分いつのまにか自分は雑草だらけになってしまうのではないかな、という感じがします。
その久保さんは北川さんという人の所に行くことによって、多分その雑草を抜いているのではないでしょうか。そしてついでに多分土壌改良もされているのでしょう。それをやり続けている人ではないなというふうに思います。
「実るほど頭の下がる稲穂かな」、やはり本当に中身ができてくると、人は頭が下がるのだと思います。だから頭が下がらない人は空っぽだからです。空っぽの稲穂はピシッとなっていますよ。「あの稲穂はすごいな、真っ直ぐ伸びているぞ。」「中がないの!」こういうことですからね。実ったらグーッとたわわに頭が下がるのです。これがやはり自然の姿ではないかなと思います。
北川さんの前に出ると、久保さんは多分「素」になれるのかなと思います。素になれる、こんな感じがします。自分の元の姿になる。素直になる。元の真っ直ぐな姿になる。別にこの人が「ああせい、こうせい」、「ああしなきゃだめだ、こうしなきゃだめだ」とあまり語るわけではありません。でもこの人といることによって、多分こういうふうになっていくのかな。人によってはいるだけで汚してくれる人もいるでしょうし、人によってはいるだけで、一緒にいるだけできれいにしてくれる人も多分いるのだろうと思います。
久保さんにとってはこの人が師。ご本人、よくおっしゃっています。「人生に3人の師を持たなければいけない」ということをおっしゃっています。これを「そうだ!私も師を持とう!」と言って、師は、師はと探しても、これはなかなか難しいと思います。私自身は、やはり一般的には書籍でも良いと思います。この人、と思う人の本を読み続ける。毎日読む。今だとDVD、映像もふんだんになっています。ユーチューブを使うとインターネットで何でも見られますよね。ともかくいろいろなものというのが生で見ることも、映像を通して見ることもできます。そこでその人の言葉にたくさん触れることによって、多分自分が迷った時に、その人ならどうするか…。もしくはその人の本を読むことによって、また自分を取り戻すということが可能なのではないかなと思います。そういう師の持ち方というのもあるのではないかなというふうに思います。

この間久保さんの所にお邪魔した時に、なるほどなと思いました。右腕の和田さんという方がいらっしゃいます。ある意味で唯一数字を管理する人です。「この人は数字が好きだから…」なんて言っていましたけども…。
その人が出てこられたので「和田さんにとっていちばん嬉しいことは何ですか?」と聞きました。ブロックスのビデオを見ると分かりますが、久保社長という方は、誕生日に全員に筆でお手紙を書かれています。今百何人もいらっしゃいますから、それを3日に1回書かなければいけない。その手紙がいちばん嬉しいと言っていました。今勤務していていちばん嬉しいのはといったら、誕生日に社長からいただく手紙がいちばん嬉しい。役員になってもそうかと思いました。
なぜ嬉しいのだと思いますか。なぜそこまで知っているんですか、なぜそこまで自分のことを理解してくれているんですか、ということです。去年と同じ文言では話になりません。隣の人と同じ文言で、名前だけ変えたってだめです。見せられたらすぐばれてしまいます。
そこからなるほどなと思ったのは、やはり素晴らしい人というのは「他人への理解が深い」ということです。人は理解されたいのです。分かってほしいのです。こんなに大変なのに、こんなに苦しんでいるのに、と誰でも理解してほしいのです。でもさっき申し上げたように、何々してほしいというのは相手に求めているのです。そうするとそこからまた一つの苦しみというのが出てきます。どうしたらいいか。難しいですよね。あえて言えば、理解する側に回ることかな。それだけ人は理解してほしいものであるならば、どこまで相手のことを理解しているか、これです。
これは組織運営でも全く同じなのです。他の部門のことをどれだけ理解しているか。部下のことを理解しているか。上司のことを理解しているか。お客さんの気持ちを理解しているか。これに尽きることがあるわけです。ご自身で常日頃、周りに対してどれだけ理解しているか。相手のことを理解しないで指示をしても、ほとんど人は動きません。

この間、あるサービス業でこんな事例がありました。分かり易い事例でした。そのサービス業ではお客さんの待ち時間を10分以内と決めて、支店長が目標としている。ところがメンバーが少なくなっているというのもあります。お客さんが多いというのもある。なかなか10分以内を毎日維持することができない。カウンターの中に時計が置いてある。何分待ちというのが分かるそうです。すごいプレシャーになる。その窓口に座っていらっしゃる方が毎日業務日誌を書かれる時に、こういうふうに書かれたそうです。「あの10分以内を維持するのは大変きついです。トイレも自由に行けません。」
それに対してどういうコメントをするかです。最初にコメントした人はこういうコメントをしたのです。「頑張れ。」トイレに行けないというのに頑張れというのはどういうことなんだということです。するなということか、こうなります。
ところが副支店長が立派だったんですね。それを見て「だめだ、これは…。うちは人数とお客さんのバランスが壊れている。」支店長に向かって言いました。「あなたの評価は下がるけれど、うちは10分以内はやめましょう。」これは言った方がサラリーマンとして偉いですよね。「あなたの評価は下がるけれど、やめましょう」ですよ。それに対して支店長も立派ですね。やめようと言ったのです。そしてその副支店長がメンバーを集めて、「みなさん、今までご苦労いただいていたけれど、うちはあの10以内はやめます。お客さんに良い応対をしてください。支店長は評価が下がっても良いと言っております。」
すると翌月から毎日10分以内になったのです。面白い話ですよね。物事の本質を突いています。「10分以内でないと私の評価が下がるだろうが!ちゃんとやらないか!」と言っている時はできないのです。人が増えたわけではありません。
具体的には、10分以内を守らなくてもいいと言った時にメンバーが集まって、自分たちで仕事のやり方をもっと変えることはできないかと自ら考え出したのです。そしてまさに経営品質で言うプロセスを改善することによって、10分以内を現有勢力で自然にできるようになったという話です。
その根本は何か。相手が苦しんでいることを理解したからです。ところが多くの人はこの逆さまです。一つの例え話ですけども、人に、部下に、周りに頑張れと言っていませんか。実はほとんどこのパターンをやっている。何を言っているか。やる気をなくす最良の策です。そしてなぜやる気が出ないのか。やる気を出さないようにあなたがそいでいるから…。ということになっているわけです。
この根底は何かといったら、今申し上げたように相手のことを理解することなのです。理解されたとき、人は信じられないぐらいこちらのことを理解してくれるのです。そしてもう一つ、こちらのことを理解した上で、こちらの意向に沿うように自ら努力してくれるのです。その前、その反対は何かといったら、私の言うとおりやれ、私の思うとおりやれ、と言って指示をして、理解をしないとやれないのです。ところが相手を理解したときに、こっちを理解してくれて、まさに自分が思う方向に人と組織が動いていく。ところが多くの人は理解することに時間をかけていない。そして目の前の仕事を処理することに追われてしまう。これは悪循環です。少々大変かもしれませんが、人に対して、人を理解することに対して時間と場を持つということがものすごく大事です。
伊那食品でも、沖縄教育出版でも、ああいう会社の社長さんたちがやっておられて共通しているのは、従業員のことを理解する場を必ず持たれています。これは上司と部下でも全く同じことが言えると思います。いかに理解するか。その理解の深さ、強さというのが実は自分にとって最良の結果を生み出すことになるということだと思います。

この事例は、私自身体験させていただいたことがまだたくさんあります。理解した時、人は変わります。だから例えば「どうしてあの人はやってくれないんだ?」私は今100%申し上げています。「あなたはその人のことを理解していない。」「なんでやらないんだ?」やらない人がいます。やれないのは別です。やらない人がいる。やらない人は信じられないぐらい、やらない明確な、かつ正当な理由を持っています。
 この間その言葉を聞いて実行された方がいらっしゃいました。DOIT!シリーズのビデオを見てみんなで感想を出そうと言っているのに、2人の方がいつも感想を出してこない。その時に、やらない人はやらない正当な理由があるという私の言葉をそのまま受けていただきました。そしてその人と面談をしました。いつもは説教です。「なぜ出さないんだ!みんな出しているよ。出さないの、君だけだよ。この会社にいてもらったら困るじゃないか!私がやれと言っているのだからやれ!」と言うのが従来のパターン。それをやめました。いくつかの質問を投げかけられたのでしょうね。そうしたら、今家庭の中が大変な状況にあるということ、それから職場でも大変な状況にあって悩んでいる。涙を流しながらその苦しい状況を話されたそうです。それに対してどうこうということは言えない。「そんなに大変なんですか…。」最後に相手はこう言ったそうです。「来月から必ず感想を書きます。」そして事実書かれるのです。
 これなのです。まさにそうです。やはりやらない人、なぜか逆らっている人というのはその人にとって正当な理由があるのです。
今、小学校でも中学校でも授業破壊、授業崩壊というのが起こっています。授業ができないのですよ。ウロウロしている。暴れまくっている。ところがこの間プロフェッショナルに出てきた先生はこうおっしゃっていました。どんな学校でもそのクラスを一年以内にきっちり立て直して、きっちりと卒業させていく先生がいらっしゃるわけです。
「彼らは暴れているんじゃないんです。もがき、苦しんでいるんです。」すごい言葉だなと思いました。こいつら、暴れているとなると、上からお仕着せよう、コントロールしようと思います。もがき、苦しんでいるんだ、どうしていいか分からないんだというふうに見たとき、どこから見るか、どのように見るか、全く相手への見方は変わるでしょう。その女性の先生は必ず教室を素晴らしい方向に持っていっているわけです。36歳でそれなりの実績を作りました。
ある学校で、朝礼で全員がきれいに並んでいる。整然と、ピシッとしている。素晴らしい学校に来た。そして初めてクラスに入った。全員が机を並べて運動会をやっている。誰も聞かない。自己紹介をする。誰もノーケア。どうするんだ、そこからものすごい苦闘が始まるわけです。でも見事にそのクラスを一年以内に立て直す。そこから自信がついた。プロフェッショナルに出てきましたから、是非ご覧ください。女性の先生です。
見方と考え方が違いますね。暴れているんじゃない、もがき、苦しんでいるんだ。これもまさにさっき申し上げた、自分と相手の、相手の側になりきって立った時に出てくる言葉でしょう。自分の側から見ていたら、なんて奴らだというふうになります。「私は先生だ!授業を聞け!」ところが相手の側に立った時に、「相手は苦しんでいるだけなんだ、助けなきゃいけない対象なんだ…。」出てくる言葉と態度が変わるのでしょう。それによってともかくその先生の行く学校は変わるわけです。変わるのです。
これも今申し上げた、相手への理解ということだと思います。相手を理解するためのベースは何かといったら、相手への関心だと思います。関心を持つことがものすごく大事です。
よく人を好きになると言います。私は正直言って難しいと思っています。嫌いな人はなかなか好きにはなれません。だから僕は幹部セミナーで「好きにならなくていい」と言っています。ただし人に関心は持ってください。何を考えているのかな、どんなことで悩んでいるのかな、という関心は持っていただきたい。その関心を持つことがスタートです。企業で言えば、お客様に関心を持つ。市場に関心を持つ。マーケットに関心を持つ。やはり常に関心を持つことが、相手を知りたいということにつながっていくわけです。関心を持つことは多分できるんじゃないかな。
そして人は関心を持ってほしいわけです。関心を持ってほしいのです。小さいお子さんを育てられた方は分かると思います。親子で例えば公園に行く。ブランコ、滑り台、「お父さん、見てて!」と言います。「見てて」ですよ。「見てるぞー!」口だけで言っていると「見てない!」ときますからね。あれ、見ていてほしいのです。関心を持ってほしいのです。
自分ごとで恐縮ですが、娘たちもみんな大きくなっています。何年か前ですが、食事の時に「お父さん、今の話、聞いてたの?」実はこっちの人と話しながら、言ったことを全部リピートしていたのです。そうすると喜ぶと思いますが、不愉快だと言うのです。「なんで顔を見て聞いてくれないの?」ということですよね。「なんて言っていたか、分かってるの?」「言っただろ?」全然だめですからね。なぜか分かりますか。自分の姿勢と態度が良くないわけです。
これもやはり相手への理解が弱いですね。だから「言っていたの、分かっているの?」と聞かれた時、リピートするのは最悪のパターンなのです。そうじゃなくて「ごめん」と言うのがいちばん良いのです。素直に「ごめん。ちょっと聞いてなかった。」これを言えるかどうかです。これもやはり全部根底において思いやりということじゃないかなというふうに思います。

休憩しましょうか。この会場、初めての方が多いと思います。5時には全員出なければいけない会場ですから…。ここがまた素晴らしい運営をされているんですよ。5時には出てなきゃいけない会場ですから、ちょっと早めに終わります。
今3時47分です。4時5分まで休憩にします。

それでは、4時50分ぐらいに終わらせなければならなので…。先ほど申し上げたように5時に出なければいけないという素晴らしい会社なのです。何が素晴らしいかって、話が長くなりようがない、必ず終わらなければならないという…。ここの設備の方がドッと入ってこられますから…。
《休憩後》
質問を結構たくさんいただきました。どこまでお答えできるか分かりませんが、なるべくたくさんの方にお答えしていきたいと思います。質問を読んでいつも思うのですが、私が質問したいなというのが多いのです。こういうの、誰か教えてくれないかなと…。これはしゃべる側に回るというのはこれまた修練だなという感じです。

まず、「『思いやり』、『謙虚』を磨くためにいちばん有効な方法…」、これ、僕も聞きたいですよね。これはどうしたもんですかね。
私が思うのは非常に単純です。思いやりを持った人にたくさん触れることです。たくさん話を聴くことです。謙虚な人にたくさん触れることです。もちろん反面教師もあります。傲慢な人と付き合って、これは良くないなという学びもあるでしょう。でも本当に自分の中から思いやりを引き出すには、やはり素晴らしい思いやりを持った人に触れる、本を読む、映像、生で…。やはりこれに尽きます。やはり触れることです。
触れるというのはどういうことかというと触れる対象は外にありますね。それに触れるとどうなるかというと、中から同じものが出てくるわけです。そういうものだと思います。だからどうしたら思いやりを持てるようになるかというのは、どうしようもない人たち、悪人の中にいて思いやりを持つというのはなかなか難しくて…。
例えば情熱を持つにはどうしたらいいか。一時期よく申し上げました。「プロジェクトXを毎週見てくれ」と…。「今DVDになっているから、あれを全巻買って見てくれ。」あれを全巻見た結果、やる気がなくなったという人は多分いない。それはやはりそういうものを見ると、自らが出てくるわけです。
学校の先生たちとお話をさせていただく機会も多いのですが、よく小学校、中学校の先生たちに申し上げているのは、「生徒に、『夢を持て』という話はやめてください」ということです。「夢を持てるような話をしてください。」そのためには夢に向かって驀進して生きている人の話をたくさん聴くことなのです。やはり素晴らしい生き方を聴いたり、触れることが、そういう目標を持ったり、自分自身の内在のそういう能力を多分伸ばしてくことができる。
謙虚さというのも、最近思うようになったのは、自分自身も何もできないし、何も知らないということを少し分かってきてしまいました。それはなぜそうなったかというとすごく簡単で、たくさんの素晴らしい方にお会いできるようになったからです。とてつもない生き方をしている人が世の中にはいっぱいいる。そういう人の話をうかがっていると、自分は生きているのだろうか、ほとんど何も生きていない…。そこで自分がすごいという発想が全く消えていきます。大袈裟に言うと虚しさしか起こってこない。そういうふうになります。
だから自分はすごいんだと言うのはすごく簡単で、自分以上の人に出会っていないからです。自分以上の人は世の中にいっぱいいます。そういう人に出会い、その人の話を聴き、その人の生き方を見たらいい。絶対に傲慢にはなれないはずです。だから傲慢な人は周りの素晴らしさを見ていない人じゃないかな、見れば多分気がつくのではないかなというふうに思います。

1枚に質問がいくつかあるのですが、とりあえず一つずつということで…。「『リーダーは温かで笑顔が必要』と思います。」まさにそのとおりですね。「それを永続、持続していける方法はありますか?」聞きたいですね、これもね…。
温かい笑顔というのは大事ですね。本当は笑顔だけでも2、3時間お話ししたいことがあります。なぜかというと、前にも申し上げたように、不愉快な顔をしている人というのは体中から不愉快菌というのを発しているわけです。それが他人に付着するとそこで増殖するわけです。そういう人がいるだけで場を不愉快にするというすごいパワーを持った人です。体中からバーッと菌が出ている人…。暗い人というのはそうです。暗い人を見て楽しくなる人はよっぽど変です。普通いないわけです。逆に笑顔というのはすごいです。
この間もある会社の幹部セミナーに行った時、逆に教えていただきました。「和顔愛語」という言葉を教えていただきましてね。柔和な顔、そして思いやりのある優しい言葉、愛語。これは仏教の言葉らしいのですが、その方があるお寺に行った時に、そのお寺のお坊さんがものすごい笑顔で話を聴いてくれて、話をしてくれた。思わずその方が「なぜあなたはそんなに笑顔なんですか?」と聞いたら、「和顔愛語というのは最高の施しで、徳を積むことなんだ」という話を聞いたそうです。なるほど、そういうものかと…。そうするとこの反対は何か。渋い顔をしている、きつい言葉を出す、徳を減らしている、罪を犯している、とこうなるわけです。そうすると、世の中そういう人が多い。
その話を半年ぐらい前、セミナーをやっていてある参加者から聞いて、なるほどなと思って、1日どれだけ柔和で、人に対して笑顔を…。要は笑顔というのは最高のプレゼントらしいのです。どんな飲食店でもそうです。今日、ホテルの方もいっぱいお見えになっていますけども、笑顔ほど最高なものはありません。もちろん笑って失敗してばっかりではだめですよ。でもどんなにきっちり作業をしてもですよ、その方に笑顔というのがないと…。笑うのではないですよ、柔和な表情ですよ。それはもう最高ですよ。
これは家庭でも同じですね。特に日本人の男は、外で笑顔を振り撒いていても、家に帰ったらブスッというのが多いわけです。特に団塊の世代以上は、人としてもうそういうところが全然だめですから…。人としてだめなのです。いや、私もそうなんですよ。私はそうじゃないと言っているのではなくて、私も含めてそうなのです。やはり家の中においても、どれだけ和顔愛語で家族に、周りの人に接することができるかというのが、多分ものすごく大事なんじゃないかなというふうに思います。
じゃあどうしたら笑顔ができるか。もうこれはただ一つ。トレーニングです。鏡を見てトレーニングしてみてください。これも話はいっぱいありますが、どうしようもなく暗かった人が、半年後にもう別人のようになったケースをいくつか見ました。そのケースは全部半年間鏡を見て笑うトレーニングをされた方ばかりでしたね。私自身もそこから教えていただいたのは、人というのは50過ぎても人相が変わるんだなということです。50過ぎたらだめかと思っていたんですね。でも全然別人ですからね。笑うだけで業績が上がるという、信じられないことがいっぱい起こってきます。
笑っていると福がくるのです。泣いているとハチが刺しにきますから…。これが日本語ですよね。でも多くの方は、「福がきたら笑います」と言うのです。「今、業績が良くないので笑えません。」違うのです。その時こそ笑う。
ナチュラルキラー細胞というのもあります。ガンをやっつける細胞です。あれなんかもちゃんと医学的にも証明されていますが、笑うと増えるそうです。吉本に行って実験された方がいらっしゃるじゃないですか。明確に増えるのです。どうすると減るかご存知ですか。悩むと減るそうです。だからインターフェロンを一生懸命注入しても、悩んでいたらだめなのです。意味がない。それより笑った方がいい。笑うのはただです。
もっと恐ろしいのは、ナチュラルキラー細胞はお愛想笑い、わざと笑いでも増えるそうです。いやいや、私が言っているんじゃないですよ、お医者さんがそう言っているのです。実験の結果を出しているのですから…。
吉本に行った時も、ナチュラルキラー細胞がやたらに増える人と、あまり増えない人がいます。でも全員増えたのです。どういう人が増えたかというと、無条件にバカみたいになって笑った人が増えるのです。だから周りで、何か知らないけれどよく笑っている人がいたら、その人はナチュラルキラー細胞の豊富な人です。いつも渋面を作って、不愉快な顔をして、きつい言葉を出している人は、自分の細胞を切り刻んで悪くしている人、こういうふうになってしまいます。
是非、笑顔を維持するというか、これはもうトレーニングです。俳優さんなんかもそうですが、写真を撮る時に表情をものすごいトレーニングをします。日本人はもっとトレーニングすべきだと思います。20代、30代の方は写真を撮る時笑顔を作られるようになりましたが、写真を撮る時に「笑ってくださーい!はい、ポーズ!」なんて言って、笑顔は撮る人だけですもんね。日本人は撮られる方はムスッとしているのが多いです。あれはだめです。残りますから…。
特に女性の場合は、化粧をされる方が多いと思いますが、化粧をされる時に笑顔のトレーニングもついでにされたらいいですね。下手に塗るよりいいですよ。こういう表現は良くないですね…。これはちょっとカットね、カットだな、これは…。下手に塗るより笑顔で化粧をする方が、私はいいんじゃないかなと思いますね。もっと良いのは心の化粧をすることですが、これはまた別の機会に、ということですね。

無茶苦茶難しい質問ですね。「大久保さんは人を理解するためにどのようなことに注意し、もしくはどのようなことを心がけているのでしょう?」この質問というのは本当に勉強になりますよね。人に思いやりとか理解と言いながら、自分はどうしてるんだ、とこういう質問ですよね。
この質問をもらって考えました。何をしているのかな。気づきました。何もしていないな。これまた寂しい思いになるわけです。人に言いながらできていないなと…。
ただ一つ申し上げることは、例えば合宿で1.5日のセミナーというのがすごく多いのですが、大変突飛なことをおっしゃってくださる方が結構いらっしゃいます。本の感想からいつも聞くんです。すごい感想があります。「値段が高いです。」「は?」しょうがないですよね。「何ページの何行目の字が違っています。」それを感想というのか、こういう思いはしますが、その時に最近はそういうので揺れなくなりました。「すみません、おいくらならよろしいでしょうか?」間髪入れずにご質問させていただきます。いちばん低いので150円という値がついたことがあります。この間1600円の本が800円から150円に下値更新されたのです。その時に私がどういうふうに考えるのか。「なんでその人はそういうふうに思うのかな」と見るようにしています。
それから人の考え方、見方を制限すること、強制することはできません。だから突飛な意見が出てくるとどうするか。どうしてそう考えるのだろう?
自分事なのでちょっと生意気になってしまいますが、よくセミナーが終わって言われるのは「大久保さん、よくあんなバカな意見をあなたは笑顔で聴いているね。あなたは1.5日の間、1回も否定の言葉も表情もしなかった」と言われることがよくあります。それはなぜかというとすごく簡単で、すごくバカな意見と言うけれど、私に言わせればバカかどうか分からないでしょう。こっちが勘違いしているかもしれない。というのは、すごい意見の可能性があるのです。ま、わずかですよ。わずかだけどもあるわけです。だからひょっとしたらすごいのかな、すごいのかなと聴くのです。最後に、違うなというのはあるんですよ。でもそこはさらっと流すわけです。だから真剣に聴くようになるわけです。
それからもう一つ、突飛な意見が出てきたときに、なんでこの人はこういう発想をするのかな、この人の心理構造はどうなっているのかなと見る癖があります。その人に関心を持ってしまうのです。だから良い、悪いとか、間違っているとか、この人はだめだとか、そういう発想を持たない癖が最近ついてきました。そうすると理解できますよね。
うなずくのが癖ですから…。もっとも癖といっても、単に癖の人がいますよね。相手が何も言っていないのに、フンフンと言って…。あれはだめですよ。言った後でうなずかなければいけないのですけども…。そうやってうなずいて真剣に聴くと、やはり理解できます。
いちばん良くないのは、これはだめだと言って遮断した途端、後のメッセージは届かなくなりますから、これはもう理解できなくなります。
そういう意味では、理解する時に突飛な意見、特異な意見、簡単に言うと変な意見ですけどね、そういうものでも真剣に聴くように努力しています。ただ、どこまでできているかは僕自身分かりません。ただ、そこらへんで最近は「相当否定されても平然としているよね。あなたにはまともな心はないんですか」と逆に言われたこともあるぐらいです。これはもう名誉に近いなと思います。

嬉しいですね。「ご講演ありがとうございます。毎年6月の例会を楽しみにしております。」これは来年も来いってことですかね…。「『相手の側に立つ』『人の話を謙虚に聴く』という内容はよく分かりましたが、一方で塚越会長のように『社員を常に第一に考える』といった個人の確固たる信念や軸との兼ね合いを教えてください。」
これは要は信念、信条というのは当然ある。それと同時に見方、考え方を相手側に置いてくださいということです。
ですから塚越会長の場合、信念というのは地域とか従業員の幸せ。じゃあ本当に幸せになっているかどうか、どうしたら幸せになるのかというのは相手側から考えてやる。これは全く多分矛盾しないだろうと思います。
「『相手側に立つ』『相手に感情移入する』となると、結果として自分の判断基準も相手によって柔軟に変わることになってしまうのではないでしょうか。」これに関しては、相手に幸せになってもらうという考えの軸は変わらない。しかし相手が良くなるためにいろいろな対応、処置というのは変わってくるのだろうと思います。だからそういう意味では、対応は変わるのかもしれないけれど、やはり軸を変える必要はない。これも多分矛盾しないことではないかなというふうに思います。

 こんな質問もあります。「周囲との協調性に乏しく、無口な部下との対話をどのように進めるのがよいか。」いちばん良いのは、その無口な部下とその上司に並んでやってもらうところを私が横から見ることです。それは不可能ですよ。だけどそうするといろいろなケースがあるのです。
あなたがしゃべらせていないね、という人がいっぱいいますから…。本人は質問しているのです。「何か言いたいことを言ってごらん?何かあるだろう?」「何もありません。」前回申し上げたと思います。「何もありません」というのは間に言葉があります。「あなたには何も言いたくありません。」「この場では言いたくありません。」これで99%収まる。「何か意見ある?」「ありません。」「特にありません。」「特にあなたには言いたくありません」と言っているのがほとんどです。だから特にこの場では言いたくありませんということなのです。この方の場合は分かりませんが…。
こうとも書いてあります。「その部下は会議でも発言せず、1対1の面談でもほとんど口を開きません。」この方は貝のような方ですね。
こういう方に対しての見方があります。こういうふうにご覧になると良い。この人はきっと物事を深く考えているに違いない。なぜか。しゃべっている時はほとんど考えていないですから…。もちろん黙っていて何も考えていない人もいますよ。会議中にほとんど休憩している人ね。そういうのもありますが、そういうふうな見方をとると、相手の姿勢が変わってくるのです。
それから強引に開こうとして相手の口を開くことは不可能です。絶対に不可能です。相手の口を開くのは、相手が自分で開くしかないのです。どうしたらいいかというと、美味しい食べ物を前に出したら開く可能性があります。これは例え話ですけどもね。「水を一杯どうですか?」口を開きますよ。口を開かないで飲むっていったら大変ですから…。何を言っているか。開くような環境、条件を作ることですという話をしているわけです。100%言えることは、この人はだめなんだと思って向かったらずっとだめです。
ちなみにちょっと自分事で生意気になりますが、この人、何の意見も出てこないという人をたくさん集めてもらって、私が入って行って意見が出なかったことが今のところありません。どんな場所に行ってもものすごく出てきます。ということは何か。上司が出させていないだけでなのです。
もうちょっと根源的なことを申し上げますと、信頼していない人に意見を求められても人は意見を言いません。そうでしょう。言っても無駄だから、場合によってはバカにされるから、否定されるから言うわけない。そうするとどうなるかというと、面談をしてしゃべってもらえるためには、常日頃の自分の言動が信頼を高めるようになっているかどうかというのがものすごく大事になってきます。そういうところが全部欠落したところでちょっと面談をやっても出てこない。
一見協調性に乏しい。さっき申し上げたように、全然協調性のない、何百人の中でたった2人が書いてこない。でもちゃんと理由がありましたよね。やはり相手のことを理解する方に軸を置いてみてはいかがでしょうか。
難しいかもしれません。実際には本当にお2人に並んでもらうといいんですけどね。
実際にありましたね。「私はいつも話を聴くように努力している。話を言えと言っているんですけども、全然話をしてくれません」と言う人がいらっしゃいました。よく分かるでしょう。「言え!」と言っているのです。要はほとんど「言うな!」と言っているに等しいわけです。
もう一つは、言葉は言えと言っているのだけれど、表情が否定している人がいます。これはだめです。「何でもいいから言ってごらん。」口では言っているのだけれど、顔が否定している人がいます。あれはバツです。やはり全体で受け入れるという雰囲気というか、そういうものを作っていかなければいけないんじゃないかなというふうに思います。

「最近、社会や企業でうつや気持ちが病んでいる人がものすごく増えています。気をつけなければいけないことはどんなことですか。」
まさに業種、業態を超えて、相当増えています。私自身が思うのは、まさに沖縄教育出版のように他人への関心を持つことだと思います。
いちばん寂しいのは、自分の部下が家の中がぐちゃぐちゃで、奥さんが病気で苦しんでいてどうしようもない状況なのに何も知らなかった。ある日突然辞めてしまった。いろいろ聞いてみたら、家庭の中がもうものすごい状況だった。多分人に関心を持ったら見えてくる状況じゃないかなというふうに思うのです。
この対極は何か。仕事にだけ関心を持っているとだめ、ということなのです。やはり人に関心を持つ、お互いに関心を持つということがものすごく大事です。
だからお互いに関心を持っている所と、お互いに協力し合う企業、お互いに理解し合っている企業というのは精神的に病む人が格段に少ないはずです。
今なぜ増えているかというと、隣が何をやっているか分からないからです。昔は宴会だとか、運動会だとか、飲み会だとか、一泊で旅行するとか、これは仕事の延長だと…。「残業代よこせ」と言った人もいますけども、そうは言ってもみんなで語り合う場、お互いが理解しあう場があったのです。今、そういうのが極端に減っています。それが多分1人で行き詰ってしまうところの原因の一つではないかというふうに私自身思います。
そういう意味では、お互いに理解し合う、話し合う場をつくることです。これをお勧めしたいというふうに思います。

「『哀れみを求める人』、そんな人が本当に多いと思います。自分がかわいそうな人だと思われたいとか、助けて欲しいとか、そんなことは期待していないようですが、そんな人とどう付き合えばいいのでしょうか。」自分をかわいそうな人だと思われたいと思っている人とどう付き合うか。
これはやはり理解してあげることです。自分自身が聞いた時に、とるに足らないことかもしれない。「何?そんなことで悩んでたの?」というのがあるかもしれない。それはあなたの立場です。今日冒頭に申し上げた、向こうの立場に立つ。その人にとってはその問題が全てなのです。その人にとってはその課題、そのハードルが乗り越えられないのです。あなたから見たら1分で解決できることかもしれない。でもその人の立場に立ったら違うんです。どうするか「大変だね。」そこで苦しさを分かってあげる。それが大事だと思います。
やはり哀れみを求める人にはそこを理解してあげるのと同時に、自分自身がそれを求める側に回らないということが大切ではないかなというふうに思います。

行政の方、「相手の方に軸を持って考えるというのは大切だと思いますが、我々は法律や組織の考えとぶつかってしまうということがよくあります。」住民の側に立とうとするけれど、法律が許さない。「個人としては相手の方に軸を持っていくように考えることをしたいのですが、法律や組織の論理と合わない場合、どうしたらよろしいでしょうか。」こういうご質問です。
まず、いちばん理想は相手の方に合うように法律を変えるというのがいちばん良いです。それからもう一つ、法律といっても幅があるのです。裁量権というのが結構ある。ある意味いい加減なんですけど…。ですからその裁量権でなるべく相手側に立つということが大事です。
それから法律上何か申請をして全く無理だったときに、大切なのは相手側に立つことです。何か。「何?あっ、それですか。ルール上できないことになっています。はい、どうぞお帰りください。」全然相手の立場に立っていません。聴いてあげる。「そうですね、素晴らしいことです。できたらいいですね。私もしたいと思います。でも法律がこうなってまして…」と言うのと、「あ、だめです。お帰りください。」
クレーム対応をしている人の共通、みなさんご存知だと思います。徹底的に聴くことです。そうすると9割以上の人はそれで解決していきます。その時に途中で言い訳をしたり、だめを言ったり、何か言った瞬間全部壊れます。さらに火に油になってしまう。
何をするか。やはり相手のことを理解して、相手の側に立った言葉と態度をとるということはできるはずです。これが大事なのです。
それはやりようによっては、どうしても法律とバッティングしてしまうケースはあるでしょう。その法律が変えられない。もちろん行政は今の法律で運営していかなければいけませんから、基本的には相手に対してどれだけ思いやりを持つかということじゃないかなと思います。
究極は、どうしても相手の言っていることが正しいとなったときに目をつぶる。これは究極のアプローチです。ちょっとリスクがありますけどね。
行政をお手伝いした時、これを言った市長さんがいました。「幅は広い。法律がおかしいこともあるだろう。裁量権は広いんだから、目一杯曲解してでも応えろ」と言った市長がいるのです。
僕はまことに正しいと思います。なぜか。法律なんてできた瞬間陳腐化していきます。ルールとか手続きというのはできた瞬間陳腐化していくのです。なぜか。環境が変化していくからです。そうしたらそれに対していちいち法律、手続き、ルールを変えていくことは不可能です。でも人の頭で対応することはできる。そこで人の重要さが出てくるのではないかという感じがします。

「リッツ・カールトンのクレドはいつ制定されたのでしょうか。」すごい簡単に答えられます。「知りません」ということです。それで、これはネットで調べたら出てくるかもしれません。もしくはリッツ・カールトンに電話して、「クレド、おたくお持ちですよね?」そこで絶対に変な対応はしませんから…。「何ですか?」なんてことは絶対にありません。「あなたもお持ちでしょう」と言ったら、話が盛り上がりますよ。「いつ制定されたのですか?」と聞いたら知らない可能性はありますよね。必ず後で答えてくれます。絶対にやってくれます。是非これは直接電話でお聞きいただいて、事務局の三宅さんに情報提供していただけるとありがたいと思います。

「遠く、隣の県でのJQA受賞企業の近況をご紹介ください。」分かりました。私は一切存じ上げませんので、事務局の方に聞いていただければと思います。

「顧客満足の間に助詞を入れる話をよく聞きます。顧客「が」満足する、顧客「に」満足を与える、顧客「を」満足させる、などがある。どうもしっくりきません。今の話を聴くと、「も」を入れるのが適切と思えてなりません。」
私自身は最初にCS、お客様満足ということをいろいろな所でお話しさせていただきました。最初はお客「に」満足、顧客「に」満足、ところが途中で顧客「が」満足する経営、お客様「が」満足する経営が正しい、あくまでお客様が主役だという話を一時期させていただきました。そして今、実はお客様満足の話が出てきません。
理由は簡単です。真にお客様が満足する経営をするためには、その中にいる人たち、従業員の人たちが、やりがい、生きがいを持ち、モチベーションが高いかどうかがカギだな、ということで、ほとんどいわゆる従業員満足、エンプロイー・サティスファクションということに自分自身がシフトしていってしまったのです。
塚越さんのような方にお会いしたら、「とにかく従業員が満足するのが経営の目的である」と言い切られるわけです。でもそこらへんのところで、結果としてどうなっているか。バグジーの久保さんもそうです。あの人の経営目標は何か。「全従業員を人生の勝利者にする。」沖縄教育出版の川畑さんもそうです。どうしようもないから採用する。なぜか。自殺してしまうから…。全部人を見ているでしょう。そして共通しているのは、今ご紹介している企業というのはずっと業績が良いのです。
だからそういう意味では「も」というのが正しいのかもしれません。従業員が満足し、お客様が満足され、地域が満足する。結果として会社も満足する。この4つをバランス良く持つようにするのが、いわゆる経営品質で言うパフォーマンス・エクセレンスという言葉です。それぞれの要素が高いレベルで実行できているということを言うのです。
だからいくらお客様が満足されても、従業員がもう四六時中血反吐を吐いて、四六時中入れ替わっているなんて良くありません。「あの会社、業績良いよね。ただし汚染を撒き散らしているよね。」これも良くないです。やはり地域の発展、従業員の幸せ、お客様の満足、そして永続していくためには会社としての業績、やはりこれらそれぞれが同時、並行的に実現している。実はそれを目指すのが経営品質の考え方なのです。
ということで、そういう意味では全部「も」で並列が正しいのかもしれません。もっとも私も話が変わりますので、来年になるとまた違うことを言っている可能性があります。今はそう思います。現時点では、ということですね。

すごいですね。「部下が社長に気づきを感じさせる良い方法について」、これは究極の質問です。かつシンプルに2行書かれています。この2行から何か気を感じるのです。俺は困ってるんだ、うちの社長がだめなんだ、何とかならんかと…。
この場でもよく申し上げましたが、部下が上の方に気がつかせるのは非常に難しいです。「あんた、だめだ」と言った途端、「明日から来なくていい」と言われる可能性がありますから、相当リスクがあります。リスクを背負ってでも刺し違える覚悟があるのなら、それも良いでしょう。ただしほとんど差されてお終いになる可能性の方が多いですから、あまりお勧めはできませんということになります。
私の得意技は、部下が直接やらないで、社長に対して第三者にアプローチさせるというのが最良の策です。例えば、この協議会のホームページには、私の講演録が、全部プリントアウトする数センチぐらいありますかね、相当あります。そのうちのエッセンスだけでも切り抜いて、「社長、これをやると業績が上がるみたいですよ。社長ならお分かりいただけるんじゃないですか」とポッと置く。そして自分の言いたい所に全部マーカーしておく。日本人は内には強いんだけど、不思議なぐらい外の人に弱いのです。だから外の力をうまく使うということですね。
ちなみに嘘みたいな本当の話をします。かんき出版から出していただいた『自分が変われば組織も変わる』という私の本を机の上に置いておいただけで会社が変わったという事例があります。何か嘘みたいな話でしょう。本当の話なんですよ。このケースは社長が変わったのではなく、従業員が変わったのです。聴く耳があなたをもっと楽にするとか、聴くことが大切だということが表紙に書いてあります。
その社長さん、毎月私のセミナーに来ていただいていました。「はい、来月までにこれを読んでおいてください」と渡されて机の上に置いたのですが、地方の方で、その後2泊3日で東京に出張に出てしまったのです。戻ってきたら「社長、話を聞いてください。」「今まで意見があるか?アイディアがあるか?」と言っても一切言わなかった人が、帰った途端「社長、話を聞いてください。」何があったんだろうと思ったら、机の上に本がある。これだ。その方がおっしゃっていました。「この本は置いておくだけで成果が出ます。」私は保証しないですよ。その方がそう言ったというだけですからね。これは従業員の方が誤解されたようなんですね。その本を読んで社長が変わろうとしている…。単に置いておいただけなのです。だからそういうものをさりげなく置くというのがいいですね。
『自分が変われば組織も変わる』という本は、愚かな事例がいっぱい書いてあります。全部実話です。「俺がいつ怒鳴った!」と目の前で怒鳴っている例。「いや、あなた今怒鳴っています。」自分が分からないのです。
すごい人がいました。ある上場企業の方です。入社5年目の女性、女性じゃないとできないですね。課長の悪さかげんがその本に全部書いてあった。でも全部読んでもらうのは難しいだろう。5ヶ所ポストイットを貼ったというのです。そして課長に読んでくださいと持っていったのだそうです。すごい話でしょう。5ヶ所、ポストイットつきですよ。ここを読めと言わんばかり…。課長は読み終わったら、もう嬉々として「良い本だな!部長が読まなきゃいけない」と言ったというのです。この話、2社であるのです。このケース2つあるのです。話はまだあるんですよ。課長が今度ポストイットの場所を変えて部長に持って行った。部長が何と言ったか。「良い本だな!役員が読まなきゃいけないな。」あの本の中には自分の指を向けてほしいと書いてあるんですけどね、そこだけはどうも割愛して読まれるようですね。なかなか難しいですね。
いずれにしても、社内で上の人を説得するには外の力を使うとうまくいくということです。私はこれがいちばん良いのではないかと思います。だからそういう外の講演に強引に連れ出すとか、本を読んでもらうとか、ビデオを見てもらうとか、そういうことがいちばん良い。もしくは鬼澤さんみたいな人に、この人ももうずっと先まで詰まってしまっているので難しいかもしれませんが、行って話してもらう。こういうのが多分いちばん良いと思います。

「自分の権限が及ばない大きな組織の文化を改善していくにはどうしたらよいか。」
これは不可能です。多分…。ただし自分の周りだけを変えることは可能です。これでいいと思います。
こういうことなのです。例えば私のセミナーに出られると、信じられない、素晴らしい事例をたくさん聞かれると、「うちはそんなの無理だ」となるのです。なぜかと言うと、バグジーもそうだし、沖縄教育出版も、伊那食品も、ある意味ではこういう高いレベルだったとします。自分の所はこの辺低いレベルになってしまうわけです。下の、見えない所…。「無理です」と言うのです。それに対して私はこう答えます。「無理です、ここまでいくのは…。でも少しでも近づけることは可能ですよ。」ところが多くの人は、ここにいけないというので何もしないでさらに落ちる人がいるわけです。これはつまらないです。大事なのは少しでもいくように努力することです。
どこまで変革できるかは時の運がある。どんな人が社長か、どんな人が上司か、どんな仲間がつくれるかの運もあるでしょう。でも大事なのは、そこに向かっていき続けることがいちばん大事だと思います。つまらないのは「無理だから」と何もしないことです。
我が社の空気、全部を変える。無理。でもあなたのいる部屋を変えることは可能ですよ。違いますか。それを増やしていけばいい。だからまず身近な所から、自分のできる所から…。
ご本人もそう書いています。「自分のできることからやっています。」そのとおりです。それを着実に、地道に継続し続けることが大切じゃないですか。

「この本は素晴らしい!!今、大久保さんがこれは読んでほしいというお勧めの書籍を…。」これも難しいですね。なぜ難しいかというと、その人の置かれた状況とか、役割、それから抱えている課題によって変わってくるのです。
そういうのを一切無視してお勧めするとすれば2冊。経営層、幹部層の人に是非読んでいただきたいのが、今までご紹介した伊那食品、『いい会社をつくりましょう。』(文屋)という本です。私は経営の本ではこれがいちばん良いと思っています。僕も何百冊ぐらいしか読んでいないので、何千冊も読んだ人間ではないので、たいした量読んでいないので何とも言えませんけども、『いい会社をつくりましょう。』という塚越さんの本ですね。これが私はいちばんお勧めです。
それからもう一つお勧めしているのは『ボクは炭焼き職人になった』(新風舎)という本があります。原伸介さんという、信州大学を出て炭焼き職人になった珍しい人です。非常に魅力的な人です。36歳です。この世にこんな男がいたか、という感じですね。ものすごい格好良いですね。炭焼きしかしていないのに、どうしてこんなにリーダーシップのことが語れるのか。なぜこんなことが分かるんだというぐらいです。やはり奥底までいった人は何かを捉えているみたいな人ですね。原伸介さんという人です。これは修行編と独立編とあって、2冊でこれぐらいの厚さになります。新風社という所から出ています。これをお読みください。
なぜお勧めするかというと、やはりこういう生き方が書かれた本を読む時、人は何か「私も!」という感じになるのです。私から見ると、30いくつでどうしてこんなレベルの人間になれるのか。やはり生死の境目を生きてきたのです。本当のぎりぎりの世界…。それは本の中に書いてあります。炭焼きを追求してここまでいくことができるのかというような人です。
時々お会いしてお話をうかがっています。数日後にも、対談を本にするということでちょっと対談させていただくのですが、是非お読みいただきたいと思います。本当に良い本です。
それ以外にもいろいろありますが、まずはこの2つをお読みいただきたいというふうに思います。
昨日読んだのは、これは読んでくださいということではありませんが、滝田栄さんという俳優さんがいらっしゃいますね。『滝田栄、仏像を彫る』という本があります。すごい本でしたね。俳優さんでもここまでやるのか、という感じでした。中身についてはお読みくださいということですね。
それ以外にもいろいろありますが、この2冊を是非、ということですね。

 「トップダウンの会社で、ワンマン社長の下で働くスタッフの気持ちを社長に理解してもらうにはどうしたらいいのでしょうか。」
 まず、部下が言っても無理です。さっき申し上げたとおりです。大変きついのは、こういう方はずっと気がつかない可能性が高いですね。気がちく環境、条件、状況をどう作るかですね。これはさっき申し上げたのと同じですね。
 もう一つは、やはり鬼澤さんみたいな人に来ていただいて話をしてもらったらいいですね。そうすると気がつく可能性が出てくるんじゃないかな。
 私自身いろいろお手伝いしているのは、気がついていただくお手伝いをしているのですけども、やはり結構気がついていただけますね。その時に私自身がどういうスタンスでやっているかというと、気がついていないことを非難するつもりは毛頭ないということです。だから相手を変えようともしない。こんな気がついていない事例がありますという話を淡々と流していくだけです。
なぜかというと、責めて気がつけと言ったって、人は心を閉じます。これで分かってもらうのには無理がある。あえて淡々と、「こんな例もあります。」「こんな例もあります、みなさんどうですか?」「あなたがそうでしょう?あなたに合うように今話しているんだよ」という思いがある間は聞いてもらえないのです。いかに淡々と自らやっていくかということを自ら心がけています。
そこら辺を一つの参考にしていただけたらというふうに思います。

46分になってしまいましたね。もうあと数分で終わりたいと思います。

先ほど、それなりの悩みとか、苦しみとか、困難を乗り越えてきた人が多いという話をしました。じゃあ死ぬ間際、死の直前までいかないとだめなのか。沖縄教育出版の川畑さんもガンになっています。赤字にならないとだめなのか、闘病しないとだめなのかといったら、それはそうではないと思います。
多分みなさん自身も、そんなことに関係なくこういう状況に置かれていることはありませんか。なんで私がこんなトラブルに巻き込まれなきゃいけないんだ。なんでこんなメンバーと自分は仕事をしなければならないんだ。部下を持っている方、なんで私の部下はこうなんだ。なんでこの時期に私はこれをやることになったんだろう。多分いっぱいあると思います。
いろいろな幹部研修をしていて、時々そういうコメントというか質問をされることがあります。「大久保さん、なぜ私はこの時期本部長になっちゃったんでしょう?」知りませんよ、僕は…。「知りません」と言ったら失礼になってしまうから…。要は何を言っているかというと、苦しいと言っているわけです。私が作った問題じゃないことに今対峙していて、ものすごい組織が困難な目に遭っている。まあその人の責任ではないわけです。「なんでこの時期に私が役員にならなければならなかったのでしょう?」
究極のケースはこういうのがあります。「なんで私、この時期に社長にならなければならなかったんでしょうか?」と言われた人がいます。なんで?と言われても、私も答えようがないですから…。
社長さんにはちょっととんでもない話をしましたが、理由は簡単です。「あなたは前世で悪いことをしたのです。だから社長になったんです。私は何も悪いことはしていませんから、ヒラの部長です」と言ったことが…。まだIBM時代でしたが、そんな会話をしたことを覚えています。
大変嬉しかったのは、その後社長さんは大笑いをして「そうか!」実はその後、企業が良くなりました。吹っ切れたのです。そんなことは誰も分からないですから…。このケースは分からない所に責任をボーンと投げてしまったのです。
逆に、そんなんじゃなくても、なんでこんな時期に、というときに、最近幹部研修でよく申し上げているのは「簡単です。それがあなたの修行です。」なんでこんなことを言ったか。実は最初に言った時、半分冗談で言ったのです。そうしたらえらく相手が納得してしまったのです。この言葉で納得するのか…。次にまた同じようなことで悩んでいる人がいたときに「それはあなたの修行です。」やはり納得するんですよ。これはいいなと思って、それで「それはあなたに与えられた修行です。越えてください。」
逃げられるものならどうぞ。でもさっき申し上げたように、逃げて解決することが基本的にないはずです。だったら己の修行だと思って前向きになったら、逆にアイディアが出てきます。やる気が出てきます。実は乗り越えられる確率もはるかに高くなるわけです。だからそういうふうに思ったらいいのではないかなと…。
やはりどこまでも逃げない、言い訳をしない自分に指を向け続けるということが大切なのではないかというふうに思います。

それからやはり素晴らしい人を見ていると、苦しい時に苦しい表情をしません。小さい人は小さい困難で苦しい表情を作ります。大きな人は大きな困難に向かって平然としていますよね。そういう面では自分も本当に何もできていないなと痛感します。やはりきつい、苦しい時に、淡々とした、柔和な表情でおれる人間になりたいなと…。
実は私の近所の方で、80いくつの方でそういう方がおられるのです。大袈裟に言うと、二十四時間ボランティア活動。町の中をずっときれいにして歩いている。植物を植えるのも自分の年金から全部出して…。もう80いくつですよ。ものすごく淡々としている。その方はどんなことがあっても、普通だったら顔を歪めてしまうような事象に出会っても悠然としているのです。よくここまで人として悠然としておれるな。普通だったら奈落の底に突き落とされるような困難に遭遇しても淡々としておられる。
やはりそういう人間になってみたいな、近づきたいなと思いますね。

この間ある会社の幹部研修をお手伝いしている時に、最後に感想を言っていただきました。その時に最後にこういう感想を言ってくださったのが非常に印象的でした。1.5日のリーダーシップ研修みたいなものです。気づきの研修と言った方がいいかもしれません。そういうお手伝いをさせていただいているわけです。他の方は「いろいろな気づきを持ちました」とか、「こういう反省ができました」とか、「こういうことを理解することができました」、こういう感想が多いわけです。その中で1人、こういうことを言われた方がいらっしゃいました。それは何か。
私は母親1人で育ちました。その母親も自分が息子であることを認識できなくなりました。この間、その母親を見舞いに行きました。「お母さん、人生で楽しかったこと、嬉しかったことって何だったの?」と聞いたのです。お母さんは民生委員をやっておられました。多分地元の方、いろいろな方を助けられたのでしょう。民生委員をして、人に喜ばれ、感謝されたことが嬉しかったという話を1時間されました。もう一つ嬉しかったこと、感謝していること、それは若い時に裁縫を教えてもらった。実は我が家はその母親の裁縫で生計を立てて自分たちが大きくなりました。その裁縫を教えてくださった方に対して、感謝の言葉を1時間、嬉しそうに語った。
これは見事な感想です。以上です。すなわち80いくつの、何も分からなくなった人、息子さえ認識できなくなった方が、今何がいちばんの喜びですかといった時、人生を振り返った時に、感謝したこと、されたこと、これだけです。ものすごい話を聴くことができたなと…。
ついでにその時、その役員、メンバーに申し上げました。「みなさんは日々数字に追われている。瞬時に消えていきます。残るものは今のお母さんがお話をされたことじゃないでしょうか。人生を振り返った時、残るものは何か。良い思い出として残るものは何か。感謝したこととされたこと…。じゃあその良い思いを作っていますか。積み上げていますか。日々蓄積していますか。実は随分違う生き方をしている人が多いということです。」
残りの人生って、みなさん意外と少ないです。私も少ないです。「あ」と小さな「っ」ですから、あっという間に終わります。残り30年、残り1年、誤差範囲内です。最近、いつも自分は明日死ぬという感覚を持っています。明日死ぬというのと、将来の夢というのは両立するのです。不思議かもしれませんが…。何を申し上げたいかというと、多分瞬時に消えていくと思います。80、90になった人は共通して言います。「あっという間になった。」長かったよと言う方に出会ったことはありません。「あっという間にきた。」だから自分もあっという間に終わるのだろうといつも思っています。
だけどその瞬間、消えてなくなるのが今あるということは、逆さまにすれば今が無限に尊いものであるのかもしれません。その今を価値ある生き方をしているかというのがいちばん大切じゃないか。その価値ある生き方とは、いかに喜んでもらえるか、自らが喜べる生き方をするか。やはりそこに軸を置いて、日々仕事の場で自分自身生きていくことが大事なのではないかというふうに思います。

56分になっちゃいました。あと4分しかありません。終わります。どうもありがとうございました。