2月22日(日)
沖縄に来ています。
今夜は、ずっと観たかった『肝高の阿麻和利』(きむたかのあまわり)に行ってきました。
http://www.amawari.com/
沖縄うるま市の中高校生が出演している現代版組踊、いわば「沖縄版ミュージカル」です。
中高校生の演劇と侮るなかれ、私もいろいろなプロの演劇を観たことがありますが、これほどまでに心を打たれたことのないほどの感動でした。
涙が止まりませんでしたし、途中から子どもたちが演じていることを忘れるほどに。
しかも今夜は高校3年生にとっての卒業公演。
まさに最後の舞台ということで、今まで何度も観た方も、今夜は違うとおっしゃっていました。
今年は沖縄だけでなく、岡山や福岡、東京での公演も予定されていることですが、できればまた来年の2月の卒業公演に来たいですね。
さて今日は、最近ずっと考えている「問題解決」です。
現場はじめ社員の問題解決能力の向上が経営者にとっての重要な課題ですね。
もちろん問題解決のスキル、ステップを学び、習得することは大切ですが、今日はまず「問題解決のための考え方」について紹介していきます。
以前、岡本正耿先生にいただいた資料が、私にとって宝もののように学びの多いものなので、みなさんにも紹介したいと思います。
本当にたくさんのことを学ばせてもらっている岡本先生には感謝しています。
下手なコメントを挟むよりも、そのままを以下に紹介します。
ぜひみなさんもじっくり読んで考えてください。
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<問題解決のための考え方>
1.問題とは
問題のない組織というものはあり得ない。そもそも問題を機会に置き換えることによって、組織は存在している。「自分の組織には問題がない」と思っている人がいたとすれば、それは問題に気づかないか、問題を隠しているか、問題を発見する能力に欠けているのかのいずれかである。確かに組織に属していると、問題を感じ取る能力が衰えたり、感じることそのものを避けてしまうようになることがあるだろう。
問題があるということと、それを問題と感じることとは別である。誰もが問題だと感じたり、既に表にあらわれた問題は解決への道筋に入りはじめている。厄介なのは、人によって問題を感じたり感じなかったりする、従って表にあらわれていない問題なのである。こうした人によって感じ方の異なる問題を発掘し、表面化させることが真の問題解決なのである。そのために必要なのは、既成の枠組み、習慣化した考え方にとらわれず、問題状況を直視していくことである。逃げずに問題を直視し、ありのままに見ていくことが求められる。多面的な見方を養い、現象を歪曲せず、あるがままに感じ取る感受性を磨き上げておく必要がある。
問題との直面を恐れ、目を閉ざし、避けて通りたいのは、誰の心の底にもある。だが、問題があるからこそ、組織は成長することができる。組織が成長していくプロセスとは、つまり問題を発見し、解決していくプロセスに他ならないのである。
2.問題を解決すること
組織のなかで問題を解決するということは、問題がなくなるということではない。確かに、ある一つの問題状況は改善されるが、そこに必ず新たな問題が発生してくる。問題を解決するということは、新たな問題を発見することに他ならない。つまり問題解決というのは、あくなき問題追求のプロセスなのである。
3.問題解決の留意点
①問題状況、問題点
問題を明らかにするには、具体的なところからスタートする。抽象的な問題のとらえ方は問題解決の障害となる。そういう意味から「問題点はなにか」という問いは適切ではない。メンバーが属している組織のなかで感じている欲求不満や緊張を具体的に出すことから始める。「あなたの組織の問題点は何ですか」と問われると簡単に「風通しが悪いことです」と答える人がいる。「具体的にどういうことがあったのですか」と尋ねると、「いや具体的にといわれてもね、なんとなくの印象ですよ」と答えられなくなる。これでは問題解決はできない。次に問題状況から問題点を明確にしていくのだが、そのためには具体的な事例を確認し、その事例の分析を通じて、問題の核心に関わるもの―問題点を取り出すことがはじめて可能になる。そして問題点は必ず具体的なデータに基づくものでなければならない。
ここで問題状況と問題点とは異なることに注意しなければならない。「当社の問題は売上げの低下である」という場合に、売上げの低下は問題となっている現象であって、それは問題点ではない。問題状況と問題点の混同はよく見られるが、これでは問題解決ができないか、極めて浅いものになってしまう。
②主体的に関われること
問題点は問題の原因のなかで最大のものという解釈があるが、これは間違っている。問題点とは問題の原因になることのなかで、自分で変更することができるもののことである。したがって、私個人あるいは私たちチームが主体的に関わることのできる問題のみが、問題点となり得るのである。
(1)私たちが主体的に関わることのできない問題は、問題解決の対象とならない。私たちに手の届かないものを問題にしても、討論は出来るかもしれないが、問題の解決にはならない。できる限り、身近なところでありながら、全体にも関係のありそうなところからはじめたほうがよい。
(2)だが、手の届かない問題も、それが何であるかをはっきり確認しておくことは必要である。その問題から逃げずに、明確に意識することはしなければならない。
(3)一見、手の届かない問題に見えるが、それを自分たちの関われる問題につくりかえることができる場合がある。それはトップの問題だと片付ける前に、トップにアプローチすることはできないのか、を検討する必要はある。
自分たちの問題につくりかえることができるのに、それは無理だと放置してしまう場合のほうが圧倒的に多い。このことは、ある問題をどこまで自分あるいは自分たちの問題としてとらえることができるかどうか、という意識につながってくる。自分には関わりないとせずに、自分(たち)の問題として考えることは大切である。
③共有化されること
チームで問題を解決しようとする場合、メンバーに問題状況および問題点が共有化されていなければならない。個人での問題解決と異なり、組織や集団で問題解決をする場合、そこに関わっているメンバーの間にその問題についての共有化がないと問題解決にならない。これは、ある現象について共通の理解があるだけではなく、そこで起こっている問題がメンバー個々にとって切実に感じ取れるということである。これはメンバーの一員として物理的にその場にいるということではない。
ただし、そのためにはかなり困難なプロセスが必要である。
(1)問題となる現象・事象は、出来る限り具体的に話し合われなければならない。具体的な事実の確認から共有化がはじまる。
(2)同じ一つの事実を見ても、人により見え方には相当な違いがある。私たちが問題を知覚する場合、必ず一人ひとりが持っているフィルター(自己概念や価値観、組織観、世界観など)を通して問題を見ている。そこで、ある人にはそれは問題と見えないこともある。ある現象が人によって問題と見えたり見えなかったりするとすれば、ナゼそうなるのか、どのようなフィルターがかかっているからそう見えるのかを、お互いに明らかにする必要がある。問題を共有化するということは、メンバー相互のフィルターを認め合うプロセスなのである。お互いになぜそう見えるのか、を確かめていくことによって、それが自分のものとして新たに映りだしてくる。
④問題へのアプローチ
(1)問題解決では、完全解決ではなく、今より少しでもよくなればよいという考え方をする。ベストでなくベターを考えるということである。ものごとを完全に解決するには十分な準備が必要だし、そのための時間が必要となる。事態は刻々と変化していくのに、準備のためのデータ集めをしていても仕方がない。準備のために時間を費やすのではなく、行動に移ることが必要である。行動することによって事態が変化し、また変化に柔軟に対応することも可能となる。
(2)刻々と変化する事態に「べき論」は全く通用しない。「~しなければならない」よりも、今の事態に「どう対応するか」が基本である。「べき論」で事態をとらえると、ありのままに見ることができなくなり、あるべき姿を前提にしながら見てしまう。そこに起こってくるズレは問題の解決にとって致命的になる。ベターで行動することによって、周囲に生まれてくる事態に即応することができる。「~すべき」という硬い姿勢がないので、柔軟に自分の行動を変えていくことができるのである。状況の変化にどれだけ対応して、柔軟に行動できるかということこそ、問題解決の重要点なのである。
⑤反復活動である
組織には多くの人が関係しており、それほど簡単に問題は解決されない。一つの問題は複雑に他の問題と絡み合っているのが普通である。したがって一つの問題について解決の糸口がみつかると、関係しているほかの問題解決にもつながっていく。それゆえに、問題解決のプロセスは繰り返される。一つの問題が解決されて次の問題に移るというのではなく、一つの問題を解決しながら新たな問題に取り組む。あるいは一つの問題解決に失敗しても、投げ出さずに別の問題に取り組むというような反復が必要である。反復のプロセスで、問題は徐々に解決へと向かっていくものである。
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