4月12日(日)
本当に暖かい(たまに暑い!)1週間でしたね。
水戸では、偕楽園・千波湖公園の桜が満開で、梅祭りは終わったのですがたくさんの人手がありました。梅祭りは観光客が多いのですが、この1週間は地元の人たちでしょうね。
特に千波湖のまわり約3kmに桜がずっとあり、その桜をライトアップしているのですが、その夜桜のきれいなこと。これは素晴らしい観光資源だと思います。
千波湖の桜は地元以外にはあまり知られていないし、PRもこれまでしていませんでした。梅だけでなく、桜も水戸は美しいのに、こういうのはもったいないですよね。
まあ、そもそも「偕楽園・千波湖公園」が、街なかにある公園で都市型公園という定義になっているのですが、その公園の面積が世界第2位の広さであることも知られていません。
世界第2位ですよ!
ちなみに世界1はどこかと言えば、米国ニューヨークにあるセントラルパークです。
水戸は街なかに世界第2位の広さを持つ公園がある、街なかに水と緑があふれているところですが、地元にずっといると当たり前すぎて、その素晴らしさがわからなくなっている人も多いんですよね。
3年前にオセロの世界大会を水戸で開催した時、海外から参加した選手たちを偕楽園・千波湖公園の夕暮れに連れて行ったら、みんな感動していましたからね。
地域資源を認識して、その良さを活かしていく。
これからの地域経営の重要なポイントです。
さて、今日は経営品質の考え方の根っこのところだと思われるものを紹介したいと思います。
経営品質の考え方は、元々1980年代の米国が、日本に経済でボロ負けした時、日本企業の強さの秘密を調べたところから始まりました。
日本企業が戦後焼け野原のところから、どうして短期間(約15年)で、世界で一番品質の良い製品をつくれるようになったのか。
もちろん米国からエドワード・デミング博士などが来日して、日本の製造業の経営者や現場の人たちに統計的に品質を管理することを学ばせていくのですが、学ぶだけならどこの国でもできるはず。
日本には創意工夫による改善活動、そしてチームワークの良さといった現場の力がありました。
そこには日本人の持っている勤勉さや道徳心があるわけですが、多くの日本人に大きな影響を与えた思想家が存在していると思います。
それが、二宮尊徳。
今日、青年会議所(JC)の関東地区協議会の経営系の委員会で、私が講師になって研修「青志塾」を茨城県土浦で開催してきました。
『「真経営力」二宮尊徳に学ぶ報徳仕法』
昨年あった地域経営の委員会からの流れですが、その担当副委員長から昨年相談を受けた時、これからの厳しい環境の中、地域経営や企業経営を考え実践していくのに学ぶべきは二宮尊徳ではないかと話をしました。
それが結局は私が講師で研修をやることになってしまったのです・・・。
JCからの依頼は、「はい、喜んで!」ですからね(苦笑)。
お陰さまでこの数ヶ月、二宮尊徳関連の本や資料を読むことができました。
いや~、知れば知るほど二宮尊徳の考えは勉強になりますね。
やっぱり江戸時代以降の日本人にかなり大きな影響を与えた思想家であると確信しました。
二宮尊徳(1787年~1856年)
江戸時代後期に「報徳思想」を唱えて、「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導した農政家・思想家。通称は金治郎。
彼の農村復興案の根本は、領主も農民も、ともに身分相応に節度を守るということにありました。農民は勤倹に励み、領主は農村の再建ができるまで年貢を減らします。農民は年貢を減らされた分だけを払ったものとして積み立てるのです。これを農業施設の整備や営農資金に貸し出して活用していく。
その生涯において620ヶ所の町村の財政再建を成功させ、多くの農民たちを救い、藩の財政立て直しに貢献したといわれます。
二宮尊徳の再建事業は、まず人の心に種を蒔き、人の道を教え諭すことから始めました。農民の心に道徳力を高めながら経済再建を果たしたのです。
二宮尊徳は元々裕福な家に生まれたのですが、4歳の時に川の洪水で田畑の大半が土砂に流され、一家の不幸が始まります。
12歳で父を、14歳で母を亡くし、叔父の家に預けられると、寝る間も惜しんで読書をしました。百姓に学問は不要といわれた時代で、油代もったいないと叔父に言われると、友人から一握りの菜種を借りて荒地を耕し種を蒔き、1年後には150倍の菜種を収穫。それを灯油に替え、燃やして勉学を続けました。
幼い頃から勉強熱心で、柴木を背負い、寸暇を惜しんで読書しながら山道を歩く少年金治郎の姿の像は、戦前はどこの学校の校庭には見られたのですが、戦後の教師の反対で撤去されてしまいます。
二宮尊徳の教えを実践している経営者である伊那食品工業の塚越会長は、金治郎の像をもう一度全国の小学校の校庭に建てたいとお話されていました。
22歳で田畑を買い戻し生家の再興に成功すると小田原藩家老服部家の財政立て直しに成功、その才能を見込まれて36歳で栃木県芳賀町周辺(旧二宮町)の建て直しを任される。そして栃木県真岡市周辺、さらに茨城県西地域の建て直しに取り組み、その方法は「報徳仕法」として他の範となる。65歳では日光(天領)の仕法を行い、69歳で没。
二宮尊徳が教えた人の道、経済自立の道は、経済と道徳を調和させる実践哲学であり、「報徳仕法」の根本は、「至誠」にあるとし、その上で「勤労」「分度」「推譲」が基本だとしています。
何よりも実践を重んじた尊徳は、「道は書物にあるのではなく、行いにある」としています。
以前にも紹介した尊徳の言葉
『人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ
学んで道を知らざれば、学ばざると同じ
知って行うこと能はざれば、知らざると同じ
故に、人たるもの、必ず学ばざるべからず
学をなすもの、必ず道を知らざるべからず
道を知るもの、必ず行はざるべからず』
いくつかのキーワードを紹介すると、
「至誠」・・・まっすぐで思いやりのある心
「勤労」・・・人は自分に備わっている徳を最大限に発揮して働くことにより、生きる糧を得て生きていくことができる
「分度」・・・自分が置かれた立場や状況を踏まえ、それに見合った生活をすることが大切。そのためには自分の収入に応じた生活基準(分度)を定め、その範囲のなかで生活できるように節約に心がける
「推譲」・・・分度を守ることによって余財を生み出し、それを家族や子孫のために貯えたり(自譲)、広く社会のためや未来のために譲る(他譲)。そうしてこそ幸福な社会が実現できる。
大切なことは、お金の稼ぎ方よりも使い方であり、倹約と貯蓄は変事に備えるため。
これは今の経営者でもかなり強烈に反省しなければならない人が多いですね。
さらに重要な言葉として、
「心田開発」・・・何事を成し遂げるにも、まず本人のやる気を起こさせることが始まりであり、それによって一人ひとりが自立できる基盤を育成することができる。
尊徳は、真面目に取り組んでいる農民を表彰する一方で、怠惰な者に対しては心改めるまで待つ姿勢を取っています。
「積小為大」・・・小さな努力の積み重ねが、やがて大きな収穫や発展に結びつく。小事を疎かにしていて、大事を為すことはできない。
作らずに刈り取るのは鳥獣争奪の道であり、人の道ではない。
そして大事を為すには時間がかかるのだと教えています。
その教えで有名な言葉が、下記の言葉であり、伊那食品工業の塚越会長が大切にしている言葉でもあります。
『遠くをはかる者は富み
近くをはかる者は貧す
それ遠きをはかる者は百年のために杉苗を植う
まして春まきて秋実る物においてをや
故に富有なり
近くをはかる者は
春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず
唯眼前の利に迷うてまかずして取り
植えずして刈り取る事のみ眼につく
故に貧窮す』
ずいぶんと長くなってきたので、今日はこの辺りで止めますが、二宮尊徳を学べば学ぶほど、今の日本の政府や自治体、そして大企業の経営は真逆であると思います。
どうすればこれからの厳しい時代を乗り越えていけるのか。
それは新しい特別なことではなく、これまでの日本が大切にしてきた教えをもう一度実践することにあるのではないでしょうか。
